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相棒

いろいろとツッコミどころの多いです。自分でもちょっと納得していないところがあるのでいずれ修正したいと思います。

「思ってたより金になるんだな」

「ご主人様が優秀だからですよ」


 冒険者ギルドで魔物の素材を換金し、市までの道すがらトレインは金貨の入った袋をじゃらじゃらと鳴らしながら嬉しそうにつぶやいた。

 昨日の狩りの成果は締めて19,820アルク。平均的な市民の月収とほぼ同じだ。

 中身を覗いてみると、金貨が一枚に、銀貨が大量にある。銅貨もいくつかあるが、銀貨が一番多い。

 この世界の貨幣の価格は銅貨一枚で1アルク。100アルクで銀貨一枚だったから、一万で金貨一枚。百倍ごとに貨幣が変わるみたいだ。

 実に覚えやすくていい。 

 それにしても、冒険者っていうのは儲かる仕事だなと改めて思うが、魔物を相手にする以上下手をすれば命を失う危険があると考えるとそこまで高いという気もしなくなる。

 元の世界で「月収一千万! ただし、命の補償は致しません!」なんて求人を見たら絶対にやらないだろう。


「まずは装備品を整えないとな。ルヴィエラもその服のまんまってわけにはいかないだろう?」

「ボクは大丈夫ですよ~。この服、「魔力再生」が付与されてるんで魔力を通せば勝手に直りますからずっと使えるんですよ」

「付与? この世界の装備ってエンチャントできるのか……」


 自分が知らない設定がきた。

 武器強化とかはゲームによってはバランスブレイカーなので入れるかどうか迷っていた設定だったのだが、この世界にはエンチャントが採用されているようだ。


「え、えんちゃ……? なんですか、それ?」

「ああ、ごめん。こっちの話。それで、付与ってなんなんだ? それって俺にも出来たりするもん?」

「『付与』っていうのは自分の持っているスキルを装備品やアイテムに付けることができるスキルです。付与されたスキルは別の人も使うことができるので、魔法が付与された杖とかはすっごい価値があるんですよ」


 つまり、スキルの外付けが出来るってことか。それはすごい。

 なら、欲しいと思っていたMP吸収剣とかも作れるかもしれない。


「すごいなそりゃ。それってどうやったら出来るんだ? 『付与』のスキルさえ手に入れればいいのか?」

「えっと、『付与』のスキルだけだと半時間くらいで効果が解けちゃうんですよ。なので、スキル結晶に〝スキル永続付与〟ってのをやって、そのスキルがついたスキル結晶を『鍛冶』スキルで合成すれば永続的にスキルを使えるようになります」

「『付与』だけじゃなく、『鍛冶』もいるのか……。えっと、それでそのスキル結晶っていうのは簡単に手に入るのか?」

「商人ギルドにいけば買えますけど、かなり高いですね。『錬金』のスキルがあれば自作できますよ?」

「ってことは、全部自分でやろうと思うと生産系スキルが三つもいるのか……。いや、まあ俺ならすぐ手に入るだろうけど、入手方法が分からないからなあ」

「普通はそれぞれ対応するギルドに入門するのが普通ですね。あとは入門書を買って独学で勉強する手もありますけど、すっごく大変だと思います」

「なるほどね。ひとまず、付与については後回しにしよう。どうせ、レベルの低い今じゃ大したこと出来ないだろうしまずはレベル上げだな」


 序盤であまりいろんなことに手を出しすぎても金もレベルも足りないので結局中途半端な結果にしかならない。生産系スキルはよほど急ぎじゃない限りは土台が整ってくる中盤以降に回すのがゲームの鉄則だ。


「そういえば、完全に失念してたんだけどルヴィエラって外歩いて大丈夫なのか? 吸血鬼って日光に弱いんじゃないのか? ていうか、街中普通に歩いてて問題ないもんなのか?」


 トレインの今さらすぎる質問に、ルヴィエラは中年女性がやるような照れを表現する招き猫のようなポーズをすると、


「もう~、日光が天敵なのは下位の不死者だけで、中級以降の不死者は日光なんてなんの問題もないですよ~。それに、王国は法律で人間以外の種族との共存を定めていますから、少なくともボクが悪さしない限りはなんにも問題ないですよ?」

「へえ~。王国ってえらい先進的な法律して――」


 以前、盗賊は問答無用でぶっ殺す! という話を聞いてえらい過激な法律だと思っていたのだが、多種族を受け入れるだけの度量も持っているとはなかなか侮れない。


「表向きは受け入れておいて、罪を犯せば即殺せばいいってのが王国の法律なんですよ」

「ないわ~。なんだ、そのデストロイ法。感心したのに損した気分だわ」

「それでも、世界的に見て魔族や不死者を問答無用で敵とみなしていない国って王国くらいですし、少なくとも法的には平等ってだけでもすごいですけどね。王国は元々帝国から独立した小国ですからいろいろと変わったことをして力を蓄えないと国としてやっていけなかったんだと思いますよ」

「なるほどな。独立したてのアメリカみたいな国なのかな、王国って」


 国の成り立ちや世界のパワーバランスはあんまり設定していなかったので、ルヴィエラの話は本当に有難い。なんせ、トレインが設定したのなんて『世界には大きな国が三つあり、帝国、王国、共和国が互いに牽制し大陸の覇権を巡って争っている』と書いた程度だ。細かい設定なんて全然手をつけていない。


「あくまで法律上『共存を認めている』だけで、保護はしてくれないですから偏見とか差別はひどいって聞きますけどね」

「そこらへんどんな場所でも起きるだろ。絶対的な平等なんてありえないって。ルヴィエラだって……………………あ、いや。ごめん」


 ルヴィエラの過去を思えば気軽に話題していいようなもんじゃない。

 トレインは自分の失言に気付いてすぐに謝った。


「へへ~。いいですよ、気にしてません。もうボクはご主人様と出会いましたもん~」


 えへへと笑みを浮かべながらここぞとばかりにルヴィエラはトレインの腕に抱きついた。

 鬱陶しいので振りほどいてもいいのだが、邪険にすれば悦ぶだけだし、かといって失言をしてしまった手前こっちにも非があるので大人しくしがみ付かせておくことにした。

 カップルにでも見えるのかすれ違ったおばちゃんがこっちを微笑ましいものを見るかのような目をしていたが、ルヴィエラの首輪に気付くと途端いぶかしんだ顔をする。奴隷の少女を連れ歩く男なんてろくでもないが、その奴隷の少女が幸せそうに男の腕にしがみついているのだから判断に困るのだろう。

 若い男連中の視線は実に分かりやすく「あんな可愛い子とラブラブしやがって!」という嫉妬の視線と、「美少女奴隷とか羨ましい!」という嫉みの視線が半々といったところか。

 幸いなことにこっちに絡んでくるような輩はいなかったのでチリチリとした視線に気付かないふりをしてそのまま大通りを抜けた。


 ルヴィエラを抱きつかせたまま市へと着いた。

 まだ朝も早いというのに、市は既に多くの人で賑わっている。


「さて、装備品とか面白いもんとか売ってるといいんだけどな」

「装備を整えるなら市じゃなくて素直に武具屋とかに行けばいいんじゃないですか?」

「うん。それはもっともなんだけど、市ってなんか掘り出し物とかありそうでつい見たくなるんだよな」


 前に魔法の教本を買った本屋は今日も来ていないかなと思って、前に露天を出していた場所に寄ってみたが、残念ながら別の店に変わっていた。他の店もほとんど変わっていたので日によって出店される店は変わるみたいだ。

 付与や錬金の本があったら買おうとかちょっと思ったのだが……。

 面白いものでもないかと市をぶらついてみたが食指が働くようなものは見当たらなかった。


「やっぱり、武器とかそういうのは市には置いてないな」

「武具は商人ギルドがしっかり管理してるみたいですし、ギルドに商売認可を受けている商店じゃないと取り扱いできないのかもしれないですね」

「え……そうなの? じゃあ、市に来たの完全に無駄足か。ああ、だから市じゃなくて武具屋行けって話だったのか。悪かったなルヴィエラ。せっかく教えてくれたのに」

「謝らないでください、ご主人様。むしろご主人様の意向をしっかりと汲み取れていなかったボクにおしおきを! ほら、そこの露天でムチ売ってますよ、ムチ!」


 はぁはぁと息を荒げながらムチに熱いまなざしを送るドM少女。

 トレインなりに気を遣ったつもりだったのだが、こうも台無しな返事をされるともっと雑に扱ってもいいのかなって気分になってくる。多分、その方が本人も嬉しいのだろうがその分こっちのストレスがマッハで溜まりそうなので精神衛生のための適度に粗雑に扱っていくことにしよう。


「市にないなら武器屋や防具屋を探すしかないか」

「ご主人様が使ってらっしゃる剣はこの街で買ったものじゃないんですか?」

「ああ、これはこの街に来る途中で盗賊から……」


 そこでトレインはアルベルのことを思い出す。

 あの紳士な商人は確か武具の商っていると言っていた。


「そういえば、アルベルさんの店がこの近くにあったはずだな」

「んん~? 盗賊の話はどうなったんです?」


 いきなり話が飛んだせいか、ルヴィエラが首を傾げた。

 トレインはアルベルとの出会いについてかいつまんで説明をしてやる。


「なるほど~。だったら多少サービスしてもらえそうですね」

「あんまり露骨にそういうの態度に出すなよ? 俺も気をつけるけどさ」

「分かってますよ~。ご主人様に恥をかかせるような真似しません」

「…………うん。だといいけど」


 今までのルヴィエラの痴態を思い出すとどうも信用できない。

 アルベルの前でドMが発動しないことを願いたい。


「それで、その人のお店はどこにあるんですか?」

「大通りを抜けた広場に……って言ってたから、市の近くだとは思うんだけどな」

「あの、ご主人様。その知り合いの商人の人ってお名前はジルノーさんだったりします?」

「そうだけど……、名前いったっけ?」

「いえ、そこに見えてるお店が『ジルノー武具店』って書いてあるんで」


 ルヴィエラが指差したほうへ目を向けると、かなり立派な石造りの建物が見える。

 大きさは横の店と比べて二倍ほど大きく、掲げられた看板も瀟洒なデザインで上品でありながら、嫌味にならないギリギリのレベルを両立している。高い芸術的センスがないとああはいかないだろう。

 おやおや? なんだか高級店の装いがしておりますよ?

 人の良さそうなアルベルの印象から、勝手にこじんまりとした店を想定していただけにいかにも豪華な作りをした店に若干怯んでしまう。

 前の世界では立派な小市民だったトレイン。ブランド品を持っていないどころか、デパートの類にすらほとんど行ったことがないレベルなのだ。

 金持ち以外はお断り! と言わんばかりの外観に圧倒されても仕方ない。

 というか、本当にここはアルベルの店なんだろうか? かの御仁のイメージとあまりに乖離しているのだが……。


「……どうしたんですか、ご主人様? 入らないんです?」

「――え? あ、うん。そうだな。入ろうか」


 店入ったらからといって取って食われるわけじゃないし、装備品の相場も分かるし、入って損はないのだ。

 意を決して中へと入る。

 店内は落ち着いた内装が施され、左右で武器と防具に分かれている。

 商品は種類ごとに棚に陳列されており、店の中央には豪奢な拵えをした甲冑一式と武器が並べてある。

『神眼』で見てみるとオリハルコン製の鎧だった。

 この世界にはオリハルコンが普通にあるのか……。あるかとは思っていたが普通に店売りしているってことはそこまでレアでもないのかもしれない。

 ぼけっと鎧を眺めていたら、若い男の店員が商人らしい人懐っこい笑顔で近づいてきた。


「お客様。こちらの商品に興味がおありですか?」

「あ~……いや、立派な鎧だなって思って見てただけで。 こんな高そうなもの買えそうにないし」

「こちらはうちの店で取り扱っている商品の中でも最高の一品でして、価格は魔金貨二枚となっております」

「まきんか?」

「魔金貨というのは金貨百枚に相当する貨幣で、魔石を混ぜ込んであるため常に魔力を含んでおり、薄く紫に発光しているのが特徴です。よほど高価な買い物でもしない限りは必要になりませんので冒険者の方には馴染みがないのかもしれませんね」


 オウム返しに疑問を発すると店員が親切に説明してくれた。

 こっちを不快にさせないように知らないことについてもさりげなくフォローを入れているあたり、教育が行き届いているのを感じる。


「さすがはアルベルさんの店。店員まで人が良いのか」

「おや、もしかしてお客様は旦那様のお知り合いで?」

「知り合いというか、この街へ来る途中にたまたま知り合ったっていうか」

「……まさか、トレイン=バーネット様でいらっしゃいますか?」

「そうだけど。なんで俺の名前を?」

「――ッ! 大変失礼ですが、少々ここでお待ち頂けますか? 旦那様を呼んで参りますので」

「え? ち、ちょ――」


 こっちが返事を言う前に店員は慌てた様子で店の奥へと引っ込んでいく。

 なんなんだ? とルヴィエラと無言で視線を交わしていると落ち着いた足取りで目的の御仁――アルベルがやってきた。傍にはさっき慌てて戻っていった青年商人が付き従っている。


「ようこそお越しくださいました。お待ちしておりましたよ、トレインさん」

「来るのが遅れてすみません。アルベルさん」

「いえ、なにを仰いますか。私どもが勝手にお待ち申し上げていただけ。トレインが気になされることなどなにもございませんよ」


 相変わらずの人の良さそうな笑顔にトレインはなんとなくほっとした気分になる。

 この世界にやってきてまだ一週間も経っていないが出会った人はそれなりに多い。最初に出会えた人がこの人だったのは本当に幸運だったなあと改めて思う。


「改めて御礼を言わせてもらいたい。あの時は命を救って頂き本当にありがとうございます。トレインさんがいらっしゃらなければ私は盗賊に殺されていたでしょう」

「いやいや、むしろいろいろ教えてもらったり護衛料までもらってこっちが助けてもらったようなもんですから。本当、気にしないでください」


 これは本当だ。

 ぶっちゃけ、アルベルに出会えていなかったらこの街に到達できたかどうか分からないし、なにより無一文で野原を歩き回らなければならなかっただろう。

 そうなれば空腹や疲労によって魔物に不覚を取った可能性だってある。

 むしろ助けられたのはこっちじゃないのか? と本気で思う。


「私からもお礼を言わせてください。旦那様を救って頂きありがとうございます。旦那様は人は良いせいかどうも危なっかしいところがありまして、今回もせめて護衛を付けてくださいと頼んだにも関わらず一人でのこのこと隣町で行くからあんなことに……」


 若い店員はこちらに礼を言いながらもぐちぐちとアルベルを攻め立てる。

 口調も態度も怒っているというよりも心配しているのに聞いてくれないアルベルに拗ねているような可愛らしいものだ。

 アルベルが部下にどれだけ思われているのかが垣間見える。


「トレインさんの前だぞ。それくらいにしておかないか。……まったく、すみません。盗賊に襲われたという話をして以来部下たちには毎日のように説教を言われていましてね」


 困ったもんですとアルベルは苦笑する。

 叱られた店員はしゅんとした顔でトレインに頭を下げた。

 気にしてませんよと手で会釈する。


「さて、本日は一体どのようなご用件で? それと、よろしければ後ろのお嬢さんを紹介して頂けると嬉しいですな」

「えっと……」

「私はバーネット様のお仕えしております、ルヴィエラといいます。ジルノー様と同じく命を救って頂きその恩返しのために主従の儀を結んでおります」


 どう説明したものかと逡巡していると、ルヴィエラがすっと前へ進み出てよどみなくすらすら話していく。言葉は巧みに変えて事実を微妙にぼかしているが、ルヴィエラの言っていることはあながち嘘でもない。というか、猫かぶりすげえ。

 むしろ、見た目的にはこういう態度をしている方が似合っている。

 今さらこの少女がドMの変態吸血鬼なんですと言っても彼らは信じないだろう。

 ルヴィエラの言葉をそのまま受け取ったのか、アルベルはそうですかと暖かい笑みを浮かべている。

 彼の中の自分の株が無駄に上昇している気がする。

 今後も割りと好き勝手やっていくつもりなのであまりいい人だと思われるのはそれはそれで動き難いのだ。主に良心の呵責的な意味で。


「今日はごしゅ……バーネット様がダンジョンに(おもむ)かれるということで装備の新調しに参りました」


 今「ご主人様」って言いかけたな……。

 ルヴィエラの猫かぶりはあんまり持続ができないのかもしれない。


「なるほど、そうでしたか。それはよいタイミングでお越し頂きました。イアン君、あれを持ってきてくれ」

「分かりました」


 アルベルの命を受けて青年がまたも裏へと戻っていき、かなり大きめの木箱を持って戻ってきた。

 青年は木箱を床に置くと、ゆっくりと蓋を開ける。

 そこにあったものを見た瞬間、トレインの意識の全てがそれに引き込まれた。


「これは共和国の東方に位置する国の騎士が使っている武器で、カタナと申します。王国とは全く違う製法で作られており、刃の部分は非常に繊細で長剣や大剣のように盾の代わりに使うようなことは出来ません。その代わり類稀な切れ味を誇り達人ともなれば最高硬度を誇るミスラ鉱石すら両断するといわれております」


 アルベルは木箱から刀を一本取り出して鞘から抜いてみせる。

 弧を描いた独特の刃が光に照らされてぬらりと光る。飾り気の一切ない実用一辺倒の作りは芸術品として博物館に飾られている刀とは一風変わった美しさがある。

 トレインの視線は刀に完全にロックオンされている。

 まるで生まれて初めておもちゃ与えられた子供のようだ。


「つい先日知り合いの商人から仕入れたものでして、数が少ないのでお得意様限定で売りに出そうと考えていたものなのです。もし、トレインさんがお使いになられるのであれば格安でお譲り致しましょう」

「え!? いいんですか? かなり高いものじゃ」

「オリハルコン製の最高級品ですと、魔金貨五枚ですが…………こちらの鉄製のものでしたらそうですね。トレインさんにはお世話になっておりますから金貨一枚でいかかでしょうか」

「買います!」


 即答だった。

 日本男子に生まれて一度も刀を持ちたいと思ったことが無い奴なんていやしない。ましてや、今トレインがいるのはリアルファンタジーの世界。刀を持つだけじゃなく振り回せるのだ。魔物を狩れるのだ。必殺技だって撃てちゃうのだ。

 迷う要素がどこにあるというのか? いやない!

 目を輝かせ鼻息を荒くするトレインに、さすがのアルベルも少し引き気味だ。

 金貨一枚を支払い、刀を受け取ると、逸る気持ちそのままに刃を抜き放つ。二、三度軽く振ってみる。スキル取得のメッセージが出ないので、刀の扱いは『剣』のスキルで併用出きるのだろう。

 本気で振り回したいという気持ちが湧いてくるが、さすがに店内でやるわけにもいかない。それくらいの自制心はある。


 アルベルには失礼だと思ったが、早く刀を使いたかったのでアルベルには早々に別れを告げると刀を持って店を飛び出した。

 ルヴィエラが慌てた様子で付いてきているのを背中越しに確認しつつ、駆け足で街を出る。

 衛兵の目が気になるのである程度街から離れたところで刀を抜く。

 剣とはまた違った持ち心地。

 振ってみると差は顕著に現れる。剣の軌跡は直線だが、刀は弧だ。叩き割る剣と違って、刀では斬るということを強く意識して振る必要がある。

 一振り、二振り、感覚を確かめるように振ってみる。


(うん。すごく手に馴染む。ファンタジーとはいえ武器はやっぱり刀だよなぁ)


 楽しい。剣を振ったり魔法の練習をしているときも楽しかったが、刀という武器は別格だ。なにがとは表現できないのだが、厨二心をくすぐるというか、武器といえばこれ! というような魂の根源からの叫びのようなものがあるのだ。うん。

 最初は軽く振って感覚を掴んだらダンジョンへ移動するつもりだったのに、振っているうちにどんどん楽しくなってきて熱が篭り始める。


 振る。ちょっと固さがある。きっと力みがあるからだ。

 振る。さっきよりも早い。だが、重心の取り方がイマイチ。

 振る。空を切る音がする。足運びとの連動がよかったのか?

 振る。今のは体制が悪かった。

 振る。腰の動きが悪い。振る。握りが甘い。振る。剣先が霞む速度。振る。腕に若干の違和感あり。振る。ピュンと風を切る。振る。振る。振る。振る振る振る――


 気がつくと、珠のような汗が体中から零れ落ちていた。

 息は荒れ、吐いた息は白く湯気となって消えていく。

 腕と足に痺れを通り越して痛みが出ている。

 ぜえぜえと喘ぎながら、ぶらんと腕の力が抜ける。手は刀を握ったままで固まってしまっているのか感覚はないのに刀を放さない。

 一体どれくらいの時間振り続けていたんだろうか?

 ふと視線を下げると野っぱらに女の子座りでこっちを見ているルヴィエラと目が合った。

 ルヴィエラはいいものを見たといわんばかりのにやけ顔で身悶えている。


「えへへ~。ご主人様ってすっごくいい顔してますよ。ご主人様っていつもこんな感じで修行してるんですか?」

「あ……いや、正直自分でもなんでこんなに夢中になったのか不思議なくらいなんだが」


 元の世界で同じことをやろうとしたら十分も持たないだろう。体力的な問題じゃなく絶対に途中で飽きるからだ。

 ゲームなら三日くらい徹夜でぶっ通したことはあるが、それと同じ感覚だったというのか? どうもこっちの世界に来てから感覚がおかしいときがある。


「すごい集中力でしたよ? ボクが何回話しかけてもぜんぜん返事してくれなくて、野外放置プレイかと思ってボク何回達しちゃいましたもん」

「……そっか。そりゃ悪かったな」


 体を動かして健康的な汗をかいたはずなのに、どうしてこんな居た堪れない気持ちになるんだろうか?

 ルヴィエラがちょっと放すだけで青春色のさわやか空気が一瞬にして淫靡なピンク空間に汚染されていく。このままルヴィエラに話を続けさせると変な方向に進みそうなのでトレインはさっさと話を振っていく。


「俺、どのくらい素振りしてたんだ?」

「う~ん、一時間くらいですかね。お昼まであとちょいって感じですよ」

「そうか。なら、ちょっと休憩するか。ダンジョンには昼過ぎに着けばいいだろ」


 疲労感がすごいので今からいきなり移動するのは大変だし危険だ。

 ここらへんは魔物も少ないが、森へ近づけば魔物の数は多くなる。

 昨日の狩りの感じからだと今のコンディションでも余裕だろうが、今日の目的は狩りではなくダンジョン。しかもその奥にいるボスと戦うのだ。

 疲れたままの体で突撃して返り討ちなんてことになったらマヌケにも程がある。

 トレインは身を投げ出すように地べたに寝転がる。

 土の冷たさが熱した体に心地いい。

 目を瞑ったらそのまま眠ってしまいそうだが、そこまで気を抜くわけにはいかない。大きく息を吐くと体からじわ~っと疲労が溶け出していく。

 乳酸のたまった筋肉がほぐれて気持ちがいい。

 酩酊にも似た脱力感を味わいながら、トレインは今から行くダンジョンに想いを馳せる。ダンジョンの中はどうなっているんだろう? 宝箱とかあるんだろうか? 鍵が必要なドアや謎解きとかもあったりするのか?

 そもそもダンジョンの規模ってどれくらいなんだろう?

 想像のネタは尽きない。


(う~ん、楽しみだな!)


 視界に広がる青空を見つめながら、トレインは小さく笑みをこぼした。


次回からダンジョン攻略に入ります。

最初のダンジョンなので割りとさくっと進めていきたいなと思っています。

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