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はじめてのおしごと


「おお、結構雰囲気あるなあ」


 ギルドの売店でなけなしの金を使ってMP回復薬などの必要な物を買い込み、トレインはさっそく魔物討伐のため森へとやってきていた。

 おかげでサイフの中はからっぽになってしまったのでこれで狩りが失敗したら五日後には浮浪者にクラスチェンジだ。

 事前の説明では歩いて半時間と書かれていたが、実際は一時間近くかかった。

 情報が間違っていたのか、それとも自分の足が遅いのか? どっちにせよ今後のことを考えて移動系の魔法を覚えておいた方がいいだろう。

 森の中は薄暗い。

 枝が茂り、太陽の光をほとんど通さないせいか地面は湿っており足を踏み出すごとに絨毯を踏んだように沈み込む。

 少し歩き難い。

 しっとりと濡れた枯葉の上を歩きながら、森の奥へと進んでいく。

 途中、赤い布を目立つ木にくくりつけ目印をつけておく。森の中で遭難して帰れなくなるなんて事態になったら笑えない。サバイバルなんてしたことがないので森の中で自分の位置や向きを把握する技術なんてトレインは持っていない。もしかしたらスキルを取得するかもしれないが確実ではないのでもしもの備えは大事だ。


 半時間ほど歩いただろうか。

 自分以外の足音に気付いて足を止める。

 ガザガザと木々を掻き分ける音がして、草陰からむっくりと魔物が姿を現した。

 見た目はほとんどクマと同じで、全身を灰色の毛皮で包んでいる。クマと違うのは四足で行動するのではなく、完全に二足歩行しているところか。身長170半ばのトレインと比較して、頭二つ分は大きい。確実に二メートルを越している。やや前傾姿勢でそれなので、実際はもっと大きいのだろう。前に突き出した両腕はその体格と比較しても明らかに肥大化している。

 あんなのに殴られたら一発でお陀仏だ。


「…………おいおい」


 最初のモンスターとしてはいくらなんでも凶悪すぎやしませんか?

 ほら、某有名なRPGみたいにプルプルして可愛らしいあの青いゼリーみたいな奴を見習ってもっと愛嬌のあるのを希望します。

 というか、最初の街のモンスターがこれって詐欺だろ?

 トレインが放心していると、巨大なクマがこっちを睨んで咆哮を上げる。

 それは威嚇というよりも、


「餌めっけ♪」


 といった感じだ。

 完全にこっちを喰う気である。

 その食欲に満ちた目を見た瞬間にトレインは我に返った。

 ――なにを呆けているんだ!?

 慌てて腰の剣を引き抜き、『神眼』を発動させる。


エッグベア レベル3

種族:魔物

耐性:なし 弱点:火、雷


 しめた!

 弱点まで教えてくれるのか!

 名前とレベルだけでも分かればいいと思って発動させたが、まさか耐性と弱点まで教えてくれるとは。

 見た目は恐ろしいことこの上ないが、レベルは低い。見掛け倒しなのだろうか?

 まずは様子見をするか? それとも魔法で先制を?


「――――ッ!?」


 迷っているうちにエッグベアがこちらに襲い掛かってきた。

 大きく腕を振りかぶり渾身の一撃を振り下ろす。

 轟! と音を立てて巨大な爪が眼前に迫る。破壊力は見た目通り。当たれば洒落では済まないだろう。

 なのに――


(なんだ? 全く脅威を感じない……。遅すぎる…………)


 エッグベアの爪を紙一重で()わす。

 チリっと音が鳴り髪の毛を数本弾き飛ばされる。

 ほんの一センチでもミスっていれば即死は免れなかったというのに、トレインの心は自分でも驚くほどに冷静だ。


(――まだ詰められる。もっと、もっとギリギリでかわせる……?)


 腕を振り切った無防備なエッグベアを睥睨(へいげい)しながら、トレインは冷静かつ冷酷に分析する。最初感じた恐怖はもうどこにもない。

体の底から熱い感情が湧き上がって来る。

この感情は初めてゲームでモンスターを倒したときの興奮に近い。すなわち。

こいつはもう……ただの――


(獲物だ――)


 再度襲い掛かる爪をまたもギリギリで避けながら、伸びきった腕に斬撃を加える。

 包丁を肉に刺し入れたときのような感触。固い刃を弾くような皮膚の張り、それを突きぬけた先にある柔らかい肉の弾力。白刃は一閃の煌きを放ちながら肉を裂く。

 銀の光の後には追いかけるように赤い血が弾ける。

 腕の下をすり抜けるようにしてエッグベアの背面に回り、背中に向かって一つ、二つ、三つ、剣を振る。

 肉を切り裂き血が舞った。

 獣が痛みと怒りで絶叫を上げる。

 視界に咲いた赤い花にトレインは思わず「綺麗」だと思ってしまう。血が綺麗なんて……と冷静な心が非難をしてくるが、戦いの熱に冒されたトレインの感情は止まらない。


 血走った目を向ける獣に対し、トレインはひどくつまらないものを見たような顔をする。

 視線は自分の持った剣へ注がれていた。


(骨まで断つのは無理か……)


 剣が悪いのか、腕が悪いのか。どっちにせよ、今のトレインの実力では獣の骨を断つような一撃は放てないようだ。

 剣先にわずかな欠けがある。少しムキになって最後の一刀を力任せに放ったツケだ。


(断つのが無理なら……ッ!)


 次はこっちから間合いを詰める。

 エッグベアは反射的に怪我をしていない方の腕を力任せになぎ払う。

――それは読んでいた。

 所詮は獣。本能でしか動けない。

 怪我をした腕をかばって左で攻撃してくることは容易に想像できた。

 悠々と腕を潜り、無防備な首目掛けて剣を突き込む。

 刃はあっさりと獣の首を貫通する。そのまま横へ薙ぐ。

 まるで噴水のように血を撒き散らし、エッグベアはゆっくりと崩れ落ちた。

 血の雨の中でトレインは自分の口角が不気味なほどに釣りあがっていることに気付かない。それは見るものを怯えさせるに十分なほどに狂気を孕んでいた。


――エッグベア を倒した


 モンスターを一匹倒した程度じゃレベルは上がらないようだ。

 剣に着いた血を払って鞘に戻す。

 死体になった獣を見下ろしながらトレインは複雑な感情の混ざった息を吐いた。


(なんだろう……。戦闘中妙に冷静だったというか、興奮したというか……。そう、愉しかった。………………う~ん、もしかして設定にあった敵対者には容赦しないみたいなのが影響してるのか?)


 普段は完全に自分は自分として考えて行動している自信があるが、さっきの心の動きはどうにも自分自身そのものではなかったような気がする。

 少なくとも、自分が知っている「佐藤ヒロシ」は戦闘を楽しみ、殺しを愉しむような感覚は持ち合わせてはいない。


(深く考えるのはよそう。この感情の変化はこの世界で生きていく上ではむしろメリットだ。問題になりそうになるまでは心に従っとこう)


 無事、魔物との初戦を勝利で飾った。

 必要なのはその事実だ。あとのことは追々考えよう。

 それじゃあ魔物の素材を剥ぎ取る作業を始めよう。

 カバンからギルドでもらった資料を取り出す。そこには図解入りで簡単な魔物の素材の剥ぎ取り方が載っている。わざわざモンスター別に書いてあるのでエッグベアのところを読んでいく。


(ふむふむ、まずは高値で売れる牙と爪を剥ぐんだな……?)


 ギルドで買った剥ぎ取り用のナイフを使ってエッグベアを分解していく。

 動物の解体なんて一度もやったことがないのでえらく苦戦した。両手が血でベトベトになり、服や顔にも血が付着する。

 なんとか爪、牙、毛皮は剥ぐことに成功したが肉や骨までは手が回らない。ひとまずはこれでいいだろう。


 ――Pスキル:サバイバル を取得した


 動物の解体ってサバイバルに入るのか……。

 いや、もしかしたら森に入ってから悪路を歩いたり、木に目印をつけたりしていたのも条件に入っていたのかもしれない。

 なんせ、スキルをゲットした瞬間に現在位置がおぼろ気に把握できるようになった。それに周囲の獣の気配もだ。


――血の匂いにつられてきたか。


 剥ぎ取ったエッグベアの素材をインベントリに放り込み、血で濡れた両手を水魔法で洗う。ぬめりが取れたのを確認してから剣を抜く。

 こっちが気配に気付いたことを察したのだろう。森の奥から次々と獣が姿を現す。


ワイルドウルフ レベル1

種族:魔物

耐性:なし 弱点:火、雷


 この森に生息する魔物はみんな火と雷が弱点なのか?

 今度は一体だけじゃなく多数。数えてみると、目に見えるだけで六体。多分、奥に気配を隠した奴が何体かいるはずだ。事前情報でワイルドウルフは群れで行動し、役割分担を行い獲物を狩ると書いてあった。

 姿を見せているのが囮役で、恐らく気配を殺した狩人役がいるはずだ。

 一対多の戦いで一番マズいのは包囲されてしまうことだ。今回は気配に気付くのが遅かったので包囲されてしまっていると考えていいだろう。

 一点突破が定石だが、足の早さは向こうが上だろう。突破したところでどうせまた包囲される可能性は高い。ならば、先制して敵の数を減らしてしまう方がいい。


「『雷撃(ライトニングヴォルト)』」


 指先から紫電が迸る。

 一直線に蛇のように這い寄った白雷が狼を貫いた。バチっと音を立てて狼が後方へと吹っ飛ぶ。


 ――ワイルドウルフ を倒した


 よし。タフなエッグベアと比べてワイルドウルフはもろい。

 魔法一発で殺せるならこのまま火力戦で押し切る。


「『連鎖する黄雷(チェイン・ヴォルト)』」


 剣を地面に突き刺し、両手で魔法を放つ。

 先ほどよりも一回り太い電撃が一番近くの狼に直撃する。その狼を起点にして、周囲の狼へと雷が連鎖する。

 まるで鎖で繋がれたように白光が狼たちに纏わりついていく。肉のこげる匂いと共にわずかなオゾン臭が漂う。

 瞬きする間もないうちにワイルドウルフの群れが動かなくなっていく。

 システムメッセージに狼を倒した旨がつらつらと流れていく。

『神眼』で森の奥を見る。

 姿は見えないが、まだ『ワイルドウルフ』の表記はちらほらと映っている。それどころかいつ間にやってきたのか奥の方に『マッドウッド』の文字すら見える。


マッドウッド レベル3

種族:精霊・魔物

耐性:水 弱点:風、雷


 精霊なんて種族があるのか。勝手なイメージだが物理攻撃が効き難そうだ。弱点の雷が全種通して共通しているので雷魔法で押し切っていくことにしよう。

 剣を持ち直し、左手で魔法を構築しながら奥へと駆け出す。

 遠くの狼は雷で打ち落とし、襲い掛かってくる奴は剣で切り落とす。

 ワイルドウルフの動きは早いが、こっちへ攻撃をしかけるときに動きが直線的になるのでそれを見切ってカウンターで首を跳ね飛ばす。

 狼を片付けつつマッドウッドに迫る。

 マッドウッドは名前の通り木の魔物で、動きは極端にのろい。

 枝を振り回して攻撃してくるがトレインの速度なら当たる要素など欠片もない。ただ、問題は剣だと刃筋が通らずまともにダメージを与えられないことだ。

 仕方が無いので雷魔法で攻撃すると一発で焼け焦げた。

 弱点属性の魔法はやはり強力だ。

 ただし問題もある。

 完全に炭化してしまい、マッドウッドの納品素材が剥ぎ取れなかったのだ。面倒だが、次に出現したときは風魔法でしとめることにしよう。

 残った狼どもを剣で片付け、素材を剥ぎ取っておく。


 スキルを手に入れていたおかげでワイルドウルフは楽々と解体できたのだが、八割がた素材の剥ぎ取りを終えたところで血の匂いに呼び寄せられて新手がやってきた。次は狼と熊の混成部隊である。

 おまけに熊がレベル4だ。

 さっきよりもタフなのかと思うと面倒になってくる。次は剣じゃなくて魔法で戦おう。

 剥ぎ取りを中断して戦うことに。

 その後、魔物を倒しては剥ぎ取り。匂いにつられてやってくる魔物を倒しては剥ぎ取りと繰り返しているうちに時間がどんどん経過していった。

 倒した数は百を越えたあたりで面倒になって数えるのをやめたのでどれくらい倒したのか分からないが、太陽が昇る前に森についたはずなのに、気がつけば太陽は山の向こうに消えて空は黒く染まり始めていた。

 剥ぎ取りをするのにも『灯火』の魔法が必要になってきた。


「回復薬もラス1だし、体力的にもきついわ。今日はもう帰ろう……」


 額に浮いた汗を袖で拭いつつ、トレインは最後に倒したマッドウッドの枝をナイフで切り取りインベントリに放り込んだ。

 最初はどうなるかと冷や冷やしたが、蓋を開けてみれば魔物は雑魚だし、素材も大量に手に入った。今日の稼ぎはどれくらいだろう? 考えると笑みがこぼれる。

 かなり数も狩ったのでレベルも5に上がっている。

 残念ながら剣と魔法のスキルレベルは上がらなかった。レベル3からは達人の領域なのでさすがにチート能力を持ってしてもすぐには上がらないようだ。


 魔物は夜のほうが強くなるのはこの世界でも常識だ。剥ぎ取りは最低限だけに済ませて帰ることにしよう。

 残った死体を火の魔法で焼き払っておく。

 相当な数の魔物を殺したので周囲には血の匂いが充満している。死体まで残していったら明日の朝にはバイオハザードでも起きそうだ。

 最後に風の魔法を使って周囲の臭いを吹き飛ばしておく。

 後始末を終えたのでトレインは荷物をまとめて森を出た。


 今日の狩りは楽しかった。

 戦いの最中、何度か殺戮を愉しんでいたような気がする。

 戦闘の興奮で酔っていただけだと思いたいが、あれが自分自身の本物の感情なのだとしたら……?

 いや、そんなことはない。

 魔物の血に当てられただけだ。

 トレインは大きく頭を振って、脳内に溢れる疑問を振り払った。

 戦闘中の感情云々はともかく、今回の戦いは反省点も多く気付けた。

 一番の問題は持続力の無さだ。

 まだ魔力量が少ないので度々魔力切れを起こしかけていたのでしばらくはMP回復薬のお世話にならざるを得ない。魔法がレベル3になれば、闇属性の『吸魔』が使えるようになるのでそれまで我慢だ。

 攻撃力があるので一回一回の戦闘がすぐに終わるので助かっているが、もし長期戦になって回復薬を使う暇がなければあっさり負けてしまうかもしれない。

 せめてMP吸収とかの効果がある武器とかがあればいいんだが……。

 武器にスキルを付与するような設定はしていない。いや、頭の中に構想はあったのだがあの日は設定の中に書き込むのをやめたのだ。

 明日やればいいや……、と。

 今にして思えば作業を途中でやめて寝たのは大きな失敗だった。

 ちゃんと最後までやっておけばもっとうまくこの世界で立ち回ることも出来そうなのに。

 まあ、過ぎたことをグダグダ言っても仕方ない。

 どうせすべてを設定することなんて出来やしなかったのだ。未知の部分が多少増えたくらい気にしても仕方ない。

 腹も減ってきた。

 さっさと宿へ戻ってカルロスの飯でも食うことにしよう。

 トレインは思索をやめ、リベルの街へと足を進めた。


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