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冒険者ギルド

ギルドの依頼報酬額を調整しました。桁を普通に間違えるとか完全に凡ミスです。


 異世界二日目。


「ああ…………起きたら夢だったってのを期待したけど、無理か」


 窓から差し込む陽光で目を覚ます。

 視界に映るのは木製の古ぼけた屋根と、飾り気の無いベッドだけだ。

 壁に立てかけた鉄の剣が鈍い光を放っており、ここが現実世界ではないのだと明確に示していた。


 ……これ以上、自分を偽ることは難しい。

 ため息を一つついてヒロシ――いや、トレインは覚悟を決める。

 この世界が夢ではなく、別の世界なのだと。


「そうと決まったらやらないといけないことが多いな。少なくとも今日中に絶対やらなくちゃいけないことがある」


 眠気を堪えてトレインは立ち上がる。

 昨晩の修行の疲労が全身にべっとり張り付いているがあとで回復魔法をかけておけばいいだろう。一晩寝て魔力は十分に回復している。

 一階へと下りてカルロスに朝食を注文する。まだ朝が早いこともあってか客はまばらだ。この時間帯にここにいるのは全員この宿の客だろう。

 ほとんどが冒険者然とした屈強な男たちだが、奥の方にこんな宿には似つかわしくない上等な服を着た女がいる。

 女は苛立たしそうに食事を黙々と口に運んでいる。

 ワケありの客なんだろうか? 疑問に思ったが面倒ごとはごめんなので視線を外す。

 目が合って因縁でもつけられたらやってられない。

 五分もしない内に朝食が運ばれてきた。

 今朝のメニューはスープと黒パン、それとチーズ。スープにはスパイスでも入っているのか香ばしい食欲を誘う匂いが漂っている。一口すすってみると香辛料の鋭い味が舌を打つ。ちょっと濃い気もするがうまい。

 夕食といいカルロスはなかなか良い腕をしている。部屋のベッドも悪くなかったし、しばらくはここで厄介になるのがいいだろう。

 朝食を食べ終え、カルロスにはしばらくここで厄介になる旨を伝える。

 五泊分の宿代を払って部屋を確保し、今日の目的へと出かける。


 これでアルベルからもらった金はほとんど使ってしまった。

 このままではあと半月もしないうちに無一文だ。

 なので、今日の目的は収入源の確保だ。

『神眼』を発動させて、目的の建物を探す。

 小さな村でも設置されているという設定にしていたはずなので、リベルの街にないということは考え難い。

 適当に通りを歩く人に尋ねたりしつつ、目的の場所へと辿りつく。


 ――『冒険者ギルド』


 ファンタジーといえば冒険者ギルドだろう。

 異世界渡航モノの定番である。

 見た目は宿屋とそう変わらない。入り口のドアはなく、多くの人間が早朝から出入りしている。

 中に入ると、まるで市役所のような作りになっている。

 奥には受付らしきカウンターが並んでいて、入り口すぐの壁には大きな掲示板が張られ、そこにはいろいろな大きさの紙がべたべたと画鋲のようなもので貼り付けられている。

 一枚を手に取ってみると、それは依頼書のようだった。

 中身はリベルの街付近に生息する魔物の素材を取ってきて欲しいというものだった。数は指定されておらず一個につき十アルクと書いてある。

 掲示板を見てみると似たような依頼が多く並んでいる。


(予想通り、魔物討伐で金は稼げそうだな。……問題は俺にも倒せるかってことなんだけど…………)


 こればかりはやってみないことには分からない。

 まずは受付にいってギルドの登録と依頼を受けることにしよう。

 いくつか依頼の紙をひっつかみ空いているカウンターの一つに座ると、受付嬢が笑顔でやってきた。


「いらっしゃいませ。今日はどんな御用ですか?」


 対応まで市役所っぽいんだな。トレインは内心苦笑しつつ用件を告げる。


「この依頼を受けたいんですが、どうすればいいんですか?」


 依頼書をカウンターに置く。

 ギルドの登録が必要なのだろうが、ギルドについては設定していなかったので聞いてみることにした。

 受付嬢は依頼書を一通り見たあと、


「ギルドへの登録は既にお済ですか?」

「いえ、まだです」

「では、まずはギルドの登録をお願いします。…………えっと、こちらの用紙に記入をお願いします。もし、文字が書けないのでしたら代筆致しますがいかが致しましょう?」

「文字は書けるんで大丈夫です」

「かしこまりました」


 受付嬢から用紙を受け取る。

 ちゃんとした紙だ。ファンタジーだと羊皮紙を使うイメージだったが、この世界にはしっかりとした製紙技術が存在するようだ。

 記入欄を見てみると名前、年齢、レベルの欄しかない。

 職業とか住所はいらないようだ。

 必要事項を書いて受付嬢に返す。


「それでは確認させて頂きます。トレイン=バーネット様、年齢16歳。レベル……3ですか……」

「なにかマズかったですか?」

「いえ、レベルに関係なく登録は出来るのですがお客様が提示された依頼は討伐系の依頼ですのでレベルが低い方には少々危険ですので」


 申し訳なさそうに受付嬢が説明する。

 なるほど、自分が逆の立場なら素人が調子に乗って危険なことをしようとしているように見えるだろう。


「信じてもらえないかもしれないですけど、これでもレベル12の盗賊を倒したことがありますし、剣のスキルレベルは2です。それでも危険でしょうか?」


 具体的な実績を伝えて確認してみる。

 受付嬢は驚いた様子で返事をする。


「そ、それでしたら十分です。以前なんのスキルも持っていない人が魔物を狩りに行って死んでしまったことがありましたので」

「それは……また、なんというか」

「念のためスキルを確認させてもらってもよろしいですか?」

「……………………はい」


 悩んだ末に了解した。

 スキルの確認というのがどういったものなのか分からないが、もし全部のスキルが見えるのだとしたらかなりマズい。とはいえ、確認をしないと討伐依頼が受けられなさそうなのでここは仕方が無いと割り切ってしまおう。

 受付嬢が奥へと引っ込み、しばらくしてバレーボールサイズの水晶を持ってきた。

『神眼』で見てみると『判定の水晶』と書いてある。


「お待たせしました。これに手を乗せて頂けますか?」

「分かりました」


 言われたとおりに水晶に右手を乗せる。

 水晶が淡い光を放ち、光が止むと水晶の表面にずらずらと文字が並んでいく。

 読んでみるとトレインが保有するPスキルが羅列されている。

 どうもこの水晶では才能やAスキルについては表示されないようだ。……助かった。


「剣に格闘に……軽身、それに魔法まで…………バーネット様はまだお若いのに多くのスキルを保有してらっしゃるのですね……」


 受付嬢は若干引き気味だ。

 やはり自分のステータスは他人が見ても十分おかしいらしい。

 分かってもちっとも嬉しくないが。


「これなら問題はなさそうです。この情報で登録させてもらいますね。登録証をお作りしますのでしばしお待ちください」


 今度は五分ほど待った。

 戻ってきた受付嬢は灰色の金属プレートをカウンターに置いた。


「これがギルドの登録証になります。バーネット様は登録したてのランク1ですので灰色です。ランクは最大で5。ランクが上がりますと、緑、青、赤、最後が黒です。ギルドランクは依頼を受ける際に指定されることがありまして――」


 受付嬢はトレインが持ってきた依頼書を持ち上げ、右上の部分を指差す。


「ここに数字が書かれていますよね? この依頼はランク1ですので「1」と表記されています。この表記以上のランクを保有していない場合は依頼を受けることが出来ませんので予めご了承ください」

「分かりました。ちなみにランクはどうやったら上がるんですか?」

「ランクは依頼をこなすか、一定以上の魔物の素材を納品して頂くと上がります。依頼ごとにクリアポイントを設定しておりますので一定値以上溜めていただくと自動的にランクが上がります。また、ギルド指定の魔物素材を納品して頂いてもポイントが溜まります」


 なるほどポイント制か。

 依頼を受けなくてもランクを上げられるのは助かる。


「ランクは原則下がりませんが、犯罪行為などを行った場合は罰則として下がる場合があります。また、ギルドメンバー同士での妨害活動などは違反行為になりこちらも罰則の対象になります。ギルドの規約については入り口に資料を置いておりますので時間があるときにご一読ください。ここまで何か質問はございますか?」

「えっと、指定以外の魔物素材は買い取ってもらったり出来るんですか?」

「はい。魔物の素材は全てギルドで買取を行っております。買取価格は変動することがありますのでその都度担当者にご確認ください。納品の場合も買取扱いになりますので、ひたすら魔物を狩ってランク上げと金策を行うことも可能ですよ」


 こっちが気になっていることを察したのか受付嬢がさりげなくフォローを入れてくれる。

 討伐系の依頼があればそれを受けて、なければ適当に魔物を狩って素材を納品していればランクは上がっていくわけだ。金策にもなるので面倒な依頼を片付けるよりもそっちの方が手っ取り早そうだ。


「他になにかございますか?」

「いえ、大丈夫です」

「かしこまりました。では、依頼の手続きに移らせて頂きます。依頼を受けるには契約金が必要になります。ランク1の依頼は契約金は不要ですが、ランク2以上では必要になるのでご注意ください。ご希望されているのはリベル近辺の魔物の素材の納品依頼ですがお間違えありませんか?」

「はい。……あ、あの他にも似たような依頼があれば一緒に受けたいんですけど出来ますか?」

「はい。大丈夫ですよ。ご希望される依頼があるか調べますので少々お待ちください」


 受付嬢はカウンター横の棚から書類の束を取り出した。棚には番号が振られていて、彼女が取り出したのは「1」の棚だ。

 その中から三枚ほど紙を抜き取ると、トレインの前に差し出した。


「えっと、右から順番にワイルドウルフの牙、エッグベアの爪、エッグベアの牙、最後がマッドウッドの枝の納品ですね。どれもギルドからの納品依頼書になりますね。指定されてはいませんが、皮や肉、骨なども納品して頂ければ買い取りますがそちらはポイント対象外となりますのでご了承ください。また、破損していたり状態があまりに悪いものだと買取を拒否させて頂く場合がありますのでご注意ください」

「分かりました」


 素材を壊さないように倒す必要があるわけか。

 ゲームなら倒せば勝手にアイテムになるが、こっちではそうはいかないらしい。


「では、こちらの依頼を受けられるということでよろしいですか?」

「はい」

「かしこまりました。では、依頼受託の処理を行わせて頂きます。登録証をお預かりいたしますね」


 受付所は依頼書の束を重ね、その上に登録証を乗せる。

 そこに右手をかざし、


「『契約(コントラクト)』」


 紙の束からほわっと光が浮かび上がる。

 光は小さく渦を成し、登録証へと吸い込まれていく。


「はい。これで登録証に依頼の情報が刻まれました。依頼の報告は指定がない限りはどこのギルドでも可能ですので魔物をある程度狩ったらお近くのギルドで報告してください」


 受付嬢は笑顔で説明しつつ、登録証をこっちへと渡す。


「また、ギルドからの討伐依頼は解除しない限り永続的に登録証に情報が保存されますので、次回以降は受託の処理は不要になります」

「なるほど。分かりました」

「これで依頼の処理は終了です。なにか質問等ございますか?」

「討伐する魔物の情報なんかはギルドで教えてもらえるんですか?」

「はい。それについては……」


 受付嬢が入り口を指して、


「一度、入り口から外へ出られてから建物を裏に回って頂きますと素材の納品受付がございます。そちらで魔物についての情報を開示しておりますので職員にお声掛けください」

「分かりました。いろいろと親切にありがとうございます」

「いえ、仕事ですので。他になにかございますか?」

「大丈夫です」

「はい。では、ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 惚れ惚れするようなお辞儀をして受付嬢は去っていった。

 トレインは彼女に言われたとおり一旦建物から出ると、横の通路を抜けて裏へと回る。

 裏はまるでトラックの搬入口のように大きな穴が開いており、大きな馬車や荷台が忙しなく出入りしている。

 体格の良い男たちがなんかしらの毛皮の束や牙を担ぎこんでいる。

 彼らを横目に見ながらトレインは奥のカウンターへと向かう。


「すみません」

「はい。素材の納入ですか?」


 声をかけると眼鏡をつけた凛々しい受付嬢がやってきた。

 この世界にも眼鏡はあるらしい。


「いえ、討伐系の依頼を受けたので魔物についての情報が欲しくて」

「そうでしたか。すみませんが登録証を提示して頂けますか?」

「はい。どうぞ」

「はい…………えっと、トレイン=バーネット様。ランクは1ですか……なるほど、将来有望な方のようですね」


 受付嬢が登録証を見るなりうっすらと微笑んだ。


「? どうしてです?」


 もしかして、スキルまで登録証に刻まれているのかと危惧したが、


「ランクの低い方はえてして魔物を軽視しがちですので。討伐系の依頼を受けても行き当たりばったりで倒してしまえばいいだろう……と考える人が大半ですから」


 受付嬢は困ったものですと苦笑する。

 ああ……と生返事を返しつつ、トレインも元の世界では似たようなもんだったなと内心苦笑する。

 RPGや狩りゲーでも、雑魚モンスターの情報なんて一々気にしたことなんてない。

 弱点や動きなんて知らなくても倒せるし、レベルが上がれば別の狩場に行くのだからなおさらどうでもよかった。

 こっちの世界の冒険者も雑魚相手だと油断してしまうのだろう。

 トレインはこっちの世界の住人ではないし、初の魔物退治ということで過剰に対処しているだけだ。今回の討伐で苦戦しなければ次回以降は調べなくてもいいやと思っていただけに受付嬢の評価は若干耳に痛い話だ。


「ご希望されるのは、ワイルドウルフ、エッグベア、マッドウッドに関しての情報ですね。…………はい。こちらになります」


 カウンターのすぐ下から大きめ紙を取り出して渡してくる。


「リベル近郊の魔物の情報は全部そこに記載してあります」

「へえ……」


 紙には全部で十体ほどモンスターの情報が載っている。

 どれくらいのサイズなのか。どういう姿なのか。どんな攻撃をしてくるのか。弱点はなにか。どこが高く売れるのか。素材はどんな用途に使われるのか。などなど。

 かなり詳細に情報が載っている。

 写真がついていないのが唯一の欠点といえるが、それ以外はほぼ完璧だ。

 この世界の市役所……じゃない、ギルドはとても優秀なようだ。


 受付嬢に礼を言ってギルドを去る。

 情報によると、依頼を受けた魔物はリベルの街を東に出て半時間ほど歩いたところにある森に生息しているらしい。

 その森の奥にはダンジョンもあるので、迂闊に入らないようにと注意がしてあった。


(初めての狩り。それにダンジョンか……。面白くなってきたな)


 ここが異世界だと腹をくくったせいかトレインの思考はこの世界に急激に馴染みはじめている。

 どうやったら帰れるのか分からないのだし、夢にまでみたファンタジー世界の住人になれたのだ。この世界の全てをしゃぶりつくすつもりで楽しませてもらうこととしよう。

 自分でも気付かないうちに、トレインの口元は大きく釣り上がっていくのだった。


たくさんのブックマークありがとうございます!

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