少年のお願い
今週は日曜にもう一話投稿する予定です。
ボス狩りを始めて一週間が経過した。
レベルは順調に上がり、現在はレベル18だ。とてつもない勢いで上昇したのは最初の三日だけで、その後は急激に上がりにくくなり、昨日に至っては全く上がらなかった。
地味にルヴィエラのレベルも上がり現在はレベル20になった。
ボスを倒していたのはトレインだけなのだが、ルヴィエラのレベルも上がったところを見ると一緒に戦ってさえいれば経験値は入手できるようだ。
……これなら最初からルヴィエラに戦ってもらった方が楽だったかもしれない。
スキルレベルは残念なことにまだ3には上がっていない。スキルレベル3の習得条件である「一定のレベル以上」というのがどれくらいなのか分からないので気長にやっていくしかないだろう。
金策も順調に進んでいる。
ボスの素材が魔石を含めて金貨5枚で売れたのだ。これだけ高価ならもっと人気が出てもおかしくないのでは? と思ったが、ボスの素材にしては破格の安さらしくメリットがないから誰もしないのだそうだ。
金に余裕が出来たのでトレインは装備の新調を行った。『軽身』のおかげで回避特化になっているとはいえ、さすがにいつまでも初期装備のままじゃマズい。
アルベルの店で、硬革の軽装一式と、ルヴィエラ用に魔糸のローブを買った。締めて金貨30枚なり。
ルヴィエラが「こんな高価な装備を頂くわけには」と頑なに辞退してきた。自分には宵闇のドレスがあるから装備品は不用だと。実際、吸血鬼であるルヴィエラは戦闘中魔力を纏って戦うので装備品なんてあまり意味を成さない。それでも装備を買ったのはぶっちゃけ世間体のためだ。
幼いと言っても過言ではない見た目のルヴィエラが、ドレス姿でダンジョンやら森を歩いている姿はいかにも変だ。なにかありますと宣伝しているようなものだ。
ルヴィエラが吸血鬼だとバレてもすぐに問題にはならないだろうが、バレないならそっちのほうが良いに決まっている。わざわざトラブルを背負い込む必要はない。
なんだかんだ言いつつもトレインからのプレゼントは相当嬉しかったらしく、ローブを贈って依頼ルヴィエラは片時もローブを脱ごうとしない。
さすがに洗濯するときは渋々ながら脱いでくれたが、寝るときまで着ているのはさすがにどうかと思う。
また、冒険者ギルドのランクも2に上がった。
登録して一週間でランクって上がるものなのか? と疑問に思ったが、スキルもランク1から2まではすぐだったし、ランクもそういうもんなんだろうと思うことにした。
ランクが2に上がったからといって劇的になにかが変わるわけもなく、ランク2の依頼はどれもボス狩りよりも数段効率が落ちる。
とはいえ、これからも冒険者としてやっていくつもりなのでそろそろ普通に依頼をこなしてみるのもいいだろう。
魔物狩りに特化するのもいいが、依頼達成で得られるのは報酬だけでなく周囲の評価という目に見えない特典もある。
誰一人知り合いなどいない異世界で伝手が出来るのは金貨とは比べ物にならない報酬といえるだろう。
今トレインは宿のベッドに寝転がったまま、これからどうするかについて考えていた。
ボス狩りでのレベル上げも効率が微妙になってきたし、金にも余裕が出てきた。そろそろ次の街へと移動する頃合かと思うが、ひとまず一ヶ月ほどはこの街で過ごしてみようとも思っている。
リベルの街はトレインにとって異世界最初の街だ。
治安は良いし、出会った人も概ね善人ばかり。
次の街も同じとは言えないので、この居心地の良い街で情報やスキルなど今後の旅の基盤となるものを手に入るだけ揃えておきたいという気持ちがある。
(情報集めはやっぱりギルドだよなあ。あとは酒場か。ギルドで知り合いを増やして、そのあとは仲良くなった人たちと酒飲んで、雑談から情報を集めるのが一番面倒がなくてよさそうだよなあ)
世界情勢や歴史云々の前に、右も左もまだよく分かっていないような状態だ。
せめて冒険者としてやっていくのに必要な最低限の知識くらいは持っておきたい。
普通はそれが最初にやるべきことだろうと今さらながらに思うが、まずは力を蓄えるというのも間違いではないので、これから挽回すればいいやとトレインは気楽に考えることにした。
レベル18と数値だけ見れば大したことはないが、『英雄』の才能のおかげでそのステータスはレベル40台の魔竜――ブレス一発で町一つ滅ぼせるレベル――に達している。無論、吸血鬼であるルヴィエラすらとっくの昔に抜き去ってしまっている。
このことはトレインもルヴィエラもなんとなく気付いており、トレインはさすがにこのチート能力はやりすぎだったかと密かに自省し、ルヴィエラはあっという間に自分より強くなってしまった主に尊敬の念を抱いている。
才能次第で種族差やレベル差を凌駕できるのはこの世界の常識だが、ただの人間が吸血鬼をステータスで上回るなど早々あることではない。
ステータスの数値が見えないので実際自分がどれくらい強くなっているのか分からないが、少なくとも現時点で大抵の相手に苦戦すらすることはないだろう。
戦闘能力についてはある程度整ってきたので、次は装備品やアイテム、スキル面を充実させていきたい。
装備品は店買いよりも素材から自分で作ったほうが強い装備が手に入るのはゲームの常識だ。なので、トレインも装備品に関しては最終的にはそうするつもりでいる。アイテムに関しても生産系スキルで自作するのが一番なので、今優先すべきは生産系のスキルの充実といえるだろう。
一週間前は「序盤にいろいろ手を出しても中途半端になりかねない」と敬遠していたのが嘘のようだ。
トレイン自身もまさか一週間そこらでここまで強くなれるとは思っていなかったので、彼の心変わりを責めるのは酷というものだろう。
「まずはどれにするかな~?」
「ん? なにがですか?」
どうも口に出てしまっていたのか、ルヴィエラが逆さ釣りの状態で(・・・・・・・・)問い返してきた。
ロープがギシギシと音を立て、ルヴィエラの身体を圧迫している。相当に痛そうに見えるのだが本人はけろっとしていた。
「いや、これからどうしようかと思ってな」
トレインはルヴィエラの痴態を気にした様子もなく自分の考えを話す。
当初はルヴィエラの奇行にいちいち反応していたトレインだが、一週間も行動を共にしていればさすがに慣れてくる。
初日はルヴィエラの暴走を止めるためにやむを得なく縛ったのだが、それで味をしめたのか以来ルヴィエラは寝るときは逆さ釣りをねだるようになった。
当初吸血鬼は蝙蝠に変身するし、蝙蝠みたいに逆さの方がやすらぐんだろうかと思っていたのだが、毎晩身悶えているところを見ると純粋にルヴィエラの趣味なのだろう。
ベッドに寝転びながら気だるそうに話す男と、逆さ釣りになりながら生真面目に話を聞いている美少女という光景は見た者の正気を一発で崩壊させるほどに異様だが、それを作り出している本人たちはその異様さにちっとも気付いていない。
つくづく慣れというのは怖い。
「鍛冶のスキルは早くても習得に半年は掛かるといわれています。錬金術は才能さえあれば二週間程度らしいので、まずは錬金術からにしたらどうでしょう?」
「なるほどな。それじゃあ錬金術から当たってみるか」
『全知全能』を持っているトレインにとって一般的な取得までの期間などなんの当てにもならない。事実、初級魔法ですら発動させるのに二年は掛かるといわれている魔法スキルを一瞬で取得した。
剣や格闘技術も然りだ。
取得条件さえ満たしてしまえば瞬時にスキルを取得するトレインの能力はもはやチートという一言では片付けられないレベルだ。
「錬金術ギルドってリベルにあるんかね?」
「ごめんなさい、ご主人様。ボクも街のことはあんまり……」
申し訳なさそうにしながらも、おしおきを期待しているルヴィエラに軽くデコピンをくらわしておく。
「あぁん!」となまめかしい声を上げるルヴィエラを無視して、まずは冒険者ギルドに行って他のギルドの場所でも聞くことにしようと思うトレインだった。
その日、トレインがギルドの掲示板に目を向けたのは偶然だった。
掲示板に貼られた依頼書に、なぜか花が一緒に貼り付けられておりつい目を引いたのだ。
依頼書に目を通してみるとどうやら薬草を採取してきて欲しいという依頼だった。花はその薬草なサンプルだ。
依頼の内容は、そのサンプルと同じ花を一束――大体十本ほど――集めてきて欲しいというもの。花が咲いている場所や、そこに生息している魔物の種類などが事細かく記載されている。
報酬は一束につき銀貨20枚ならそれなりおいしい依頼だと思う。討伐や護衛のように戦闘を前提にしているわけでもないし、期限も切られていないので焦る必要もない。ゆっくりと安全にそして大量に採取してくればかなりの儲けになるだろう。ただ、一つ問題を挙げるとしたら花の咲いている場所が微妙に遠いということか。
多分、片道二日はかかる距離だ。
「あ、あの~、その依頼受けるんスか?」
吹けば消えてしまいそうな弱々しい声に振り返ると、ルヴィエラよりもさらに頭一つ小さい子供が泣きそうな顔でこっちを見ていた。
ぶかぶかのコートと帽子のせいで顔がほとんど隠れてしまっているが、声と顔つきからして恐らく少年だろう。
少年の視線はトレインと依頼書の間を忙しなくいったりきたりしている。
落ち着きのないその様子からトレインは少年がこの依頼を受けようとしていたところをトレインが依頼書を横からかっさらってしまい依頼を持っていかれると危惧して話しかけてきたのだろうと推測した。
「いや、ちょっと気になったから見てただけだ」
なるべく優しい口調で返事する。
依頼を横取りするつもりはないから安心して。そういう想いを込めての言葉だったが、
「そ、そうなんスか……」
なぜか少年は残念そうにしている。
どういうことだ? 依頼を持っていかれるのを恐れたわけじゃないのか?
少年の行動に若干の疑問を覚えたが、深く関わるつもりもなかったのでトレインは「それじゃあ」と軽く声をかけ依頼書を掲示板に戻して少女に背を向ける。
「あ、あのっ!」
受付に行こうと足を踏み出したところでまたも呼び止められた。
無視するのも気が引けるので仕方なく振り返る。
「なにか用か?」
心なしか不機嫌な声が出た。
少年がひぅとくぐもった悲鳴を上げる。
「お、お兄さんたちは冒険者ッスよね?」
冒険者ギルドで依頼書見てたんだから冒険者に決まってるだろう。
と、思わず言い返しそうになったがそんなことをすれば少年が泣いてしまいそうな気がしたので「ああ、そうだ」と簡潔に答える。
「なら、自分と一緒にこの依頼を受けてくれないッスか?」
なるほど。パーティの仲間探しをしていたのか。だから、さっき依頼を受けないと言ったことにがっかりしたのだ。
合点がいったトレインは少年に向かって笑顔で返事をした。
「断る」
「即答ッスか!?」
これで話終わりな、と態度で示してトレインは少年に背を向ける。
「待って欲しいッス! ちょっとでいいから話を聞いて欲しいッス! お兄さんたちにもちゃんとメリットのある話なんスよ~」
少年が必死にトレインにすがりついてくるが、正直うっとうしく感じてきているトレインはそれを無視してズンズン進んでいく。
少年に対する冷たい態度になにか感じるものでもあったのか、ルヴィエラが「冷たいご主人様イィ!」と息を荒くしている。
「無視ッスか!? 泣くッスよ! あんまり冷たくされたら自分泣くッスよ!」
少年がギャーギャーわめくせいか周囲の冒険者たちの注目を浴び始めている。
良い意味で有名になるならまだいいが、このままじゃ子供の泣かせた極悪人なんて噂が立ちかねない。
「……分かった。話だけは聞いてやる」
「ありがとうッス!」
トレインは面倒くさいことに巻き込まれそうな気がするなあ、と大きくため息をついた。
冒険者ギルドには大概カフェや酒場が併設している。
冒険者同士が活発に情報交換を行える場所を用意することで、ギルドも情報を集めやすくし、またギルドの近くに冒険者たちを多く在中させることで緊急時に人を集めやすくするためという理由もある。
場所を移し、三人は今カフェにいる。
カフェにはトレインたち以外にも多くの冒険者らしき男たちが情報交換を行っていた。カフェに入るなり子供の三人組みということで少し視線が集中したが、無視しているとすぐに視線は消えていった。
あまり目立ちたくもないので奥の方のテーブルを使うことにし、店員に三人分の紅茶を頼んでから席についた。
席につくなりブカブカ帽子の少年がしゃべり始める。
「まずは自己紹介をさせてもらうッス。自分、ウルル=モカっていうッス。ギルドランクは2。レベルは10ッス」
「そうか」
「……………………」
「……………………」
「名乗ってくれないんスか!?」
別にイジメるつもりはないのだが、反応がいいのでついイジってしまう。
元の世界ならイジられっことして大成しただろうなとどうでもいいことを思うトレイン。
ルヴィエラのように構ってくれと言われると面倒くさくなるのだが、自分からいじる分には楽しいのだから人間って不思議だ。
「俺はトレイン。ランクは2で、レベルは18だ。それで、このちみっこが」
「トレイン様の奴隷のルヴィエラです。レベルは20、ギルドには登録してません」
ルヴィエラがギルド登録していないのは本人の意思だ。
トレインはルヴィエラも登録しておいたほうが後々便利だと思ったのだが、
「ボクは一生ご主人様の奴隷ですから冒険者としての身分なんていらないです」
と頑なに拒否されてしまった。
トレインとしても無理やり登録させるつもりはなかったので諦めた。
「トレインさんにルヴィエラさんッスね。よろしくッス」
ウルルがペコっと頭を下げる。
ぶかぶかの帽子が頭を下げた拍子に脱げて、慌てて帽子を被り直している。
「それじゃあ、なんで自分がトレインさんたちを引きとめたのか話をさせてもらうッス」
こほんと一拍置いて、ウルルは神妙な顔で話を始めた。