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第三話


 第三話 第一幕 御節介な同僚


 傍観者 神戸四季



 この「神隠し事件」を調査するに当たって拠点にする宿には気を使った。ある程度、セキュリティが整っていて、尚且つ人の往来が多いホテル。それは僕らを一般市民と混同させ、誰かの記憶に残るのを避けるためである。それでもこの一張羅は目立ち過ぎる。どうしてこんなデザインにしたのか、開発部には文句の一つでも言ってやりたい。

 食堂、いつも通りにバイキングであるが、私服で手軽なものをチョイスし、一時の休憩を楽しんでいるところ。しかし、僕の平穏な一時を壊すよう目の前に黒衣の赤十字を纏ったドイツ人女性が現れた。僕は沈黙を保てるはずもなく、

「……なんか用事?レーネ」

 切り出してしまった。彼女は僕が私服だったことから話しかけ辛そうにしていたが、こちらからアプローチを掛けるといつもの調子を取り戻したようだ。

「気安く呼ぶな。第一室室長補佐レーネ・デュフナーだ。いい加減覚えているだろう……それに観光気分でサボっているのか!こちらは終わったぞ!」

「そう言えば、君んとこに入ったのは日本人だったよね。」

 向かいに腰を下ろすと彼女は僕の皿からサンドウィッチを攫って行く。彼女も今回新米の監視役で日本に来ていることは知っていたが遭遇するとは思わなかった。僕らは都内の外れ、彼女らは北陸の山中と聞いていたので合うことはまずないだろうと思っていた。

「ああ。室井獅我だ。はっきり言うと彼は化け物に近いな。NOTとのシンクロも常時九〇%を超えていた。実力だけならば私たちに匹敵するかもしれない。」

「それで合格か…」

 十三委員会の兵士はNOT因子を体内に埋め込んで戦っている。一般的にシンクロ率が七〇%~八〇%で十分NOTと渡り合えるが、上官になると九〇%台で戦う猛者がごろごろ犇めき合っている。

「室井はまどろっこしい考えを一切持っていない。NOTと判断したら即殺しに掛かる、白昼だろうと人前だろうとだ。後処理は面倒くさいし、扱い辛いし、お前に押し付ければよかったな。」

 怒りを露わにして僕の皿からまた一つサンドウィッチが消える。

「しかし、これで今期入室者の五人中三人が無事通過できたことになるな。ヴィルマ君も余裕だろうし、僕らの代と違って優秀だよね。あの時は十六人居たのに結果、通過できたのは僕とレーネだけだもんな。」

「その話は止せ、第五期の代は呪われていたんだ。まず、十二柱が十六人の中に混ざっていた時点で事件以外の何物でもない。全員死んでいても可笑しくなかったんだ。よく生きていたものだよ私らは。…しかし、腑に落ちん!何で劣等生のお前は室長になっているのに私は室長補佐のままなんだ!おかしいだろ!その地位寄越せ!」

「弛まぬ努力の結果って奴ですよ。」

 長話なら珈琲持って来るよ。と僕は席を立つと彼女はカフェオレで頼む、と返事をしてきた。別に僕ら仲悪い訳じゃないんだよな。レーネは正直じゃないだけで仲間思いの優しい奴だ。NOTを取り逃がしたことが何度かあるようだが、それにしたって彼女の実力が折り紙つきなのは第一室室長から聞き及んでいる。

「お待たせ。」

「すまん。使わせてしまって。」

 上目づかいに口を紡がせるレーネ。見返り美人と是非言いたくなる金髪のショートボブに緑の瞳。食堂でもかなり目立っているが、先ほどまで着ていたコートを脱いで白いワイシャツになっているところが、彼女なりに気遣いを感じられる。しかし、そのワイシャツも線やらレースやらが入っていて、一見容姿も相まって貴族?と見紛う出立である。ちなみに彼女は二十二歳である。僕は二十一歳だけどね。

「本題…というか実を言うと本当にお前の様子を見に来ただけなんだ。」

「そうかい…ご苦労なことだね。態々見に来なくても会議でよく顔を合わせるだろう。何か不安なことでもあったのかい?」

「なんだよ、同期の女の子が見に来てやっているのに冷たい態度だな。」

「悪かったな、女の子に冷たくて。」

「しかし何だ。ボクもお前も恵まれない環境にあるよな。ボクは既に室長補佐になって部下を十八名も亡くしてしまったし、お前も折角助けた一般人がNOT因子の適合試験で爆死したんだろ?」

「ああ、そん時はマジで研究室の連中を殺そうかと思ったくらいだ。」

「ヴィルマだっけ?その子の名前。」

「ヴィルマは今、最終試験してる僕担当の子だよ。間違うな。」

「そうか失礼した。」

 彼女は両手で可愛らしくカップを持ち、カフェオレを啜りながら言う。

「でも…神隠し事件。お前ら二人だけでは不安だ。予想以上に大きいヤマになる予感がする。お前が強いのは知っているが、どうも心配でならない。新人の監督役はもう終わったし、私にも手伝わせてくれないか?」

 確かに僕が空港に着いた時の違和感を考えれば増員を要請してもいい位のヤマである可能性は否定できない。しかし、十二柱なんて出てきたら逆に増員したところで動きが鈍るだけになる。

「いや…大丈夫。ありがたいんだけどね。例え十二柱が出てきたとしても僕がなんとか支えるから心配しなくていいよ。レーネは早くギリシアに帰って第一室が相手にしている『八番』に備える方が委員会にとってもプラスだと思うよ。」

「…確かに今、一室は『八番』との渦中にいるけど室長、副室長、そしてもう一人の室長補佐がいるからある程度状況はいいはずなんだ。それよりもお前らだ。下手して立った二人で十二柱の一つと当たって見ろ。何もできずに負けることになるぞ!」

 悪魔の十二柱。十年前に分裂した最初のNOTであり、始まりのNOT、イエス、マリアと十二柱のみが繁殖器官を持つ。僕らにとって十二柱を残らず殺すことが目的であり、存在する意味そのものでもある。僕は彼女の言わんとしていることが分かる。普通のNOTと十二柱のNOTでは能力値が違い別種の生き物だと考えても相違ない。十二柱の一角と直接対峙してしまった僕らは奴らの恐ろしさを一番わかっている。

「十二柱の実力を解っているからこそ、下手に準備不足で戦うつもりがないとは思ってくれないのかい?レーネ」

「お前のことを馬鹿になどしていない。実力は解っているし、無理して功績を上げようと私欲に駆られる奴でないことも良く知っている。けど不安なんだ。仲間が死ぬのは、どうしても五年前のパルテノンを思い出してしまう。」

 僕とレーネの第五期メンバーを襲ったパルテノン神殿での事件。

「知ってる。レーネが室長補佐になってから亡くなった兵士たちの墓を回るようになったのも、NOTを逃がすのは仲間を助けるためだってことも、ちゃんと知ってるよ。だから言う。大丈夫、僕を信じて。必ず、ヴィルマ君と戻って来るさ。」

 うん、と皿にあった最後のサンドウィッチを頬張る彼女は食い意地が相当張っている。いやホント可愛げあるな。頭撫でたくなるわ。

「……なんか言ったか?」

「いや、何も。」

「不安で心配だが、一番付き合いが長いからな。お前の言葉を信頼してやらんと立つ瀬がないだろう。」

 レーネは席を立つとコートを持ち、出口へと向かう。僕はそれを見送っていると彼女は一度止まり振り返る。

「男に二言はないからな。ちゃんと二人で帰ってこいよ。」

「ああ、解ってる。心配すんな」

 コートを羽織り、今度こそ帰るのかと思ったがレーネはまた僕の方を向いた。

「……それとあと一つ。」

「なんだ?」

「なんでこのヤマを、『神隠し事件』を選んだ?何か意図があるんじゃないのか?だから、ボクを巻き込まないんじゃないのか?」

「それこそ心配し過ぎだ…他意は無い。」

 考え過ぎか、とレーネは手を振って帰る。出入り口の扉が閉まると僕は一息ついてコーヒーを啜る。芳醇な香りとカフェインが身体をリラックスさせるのに貢献してくれた。

「レーネは鋭くて困るな」

 出入り口の扉が開いて彼女が顔を出すようなことはなかった。


 第三話 第二幕 接触


傍観者 古川楔



「よう、島崎。元気してたか?」

 金曜日の昼休み、廊下で別クラスの島崎を見つけたので声を掛けた。島崎は連日、溝口の説得へ行っているため部活にはあまり出ていない。学校で会うのは実に三日振りといったところだ。とは言うものの島崎とはいつも無人公園で1on1をしているので彼の実力が錆びつくことは無いだろう。島崎部長が居ない間の部活は副部長の原口とアヤカのメニューで練習しているが今までと特に変わった様子はない。

「…あぁ、古川か…別に何もない。」

「何だよ。連れないな?溝口はどうなんだよ。連日説得してんだろ?」

 俺は今、島崎に何らかの不安を覚えている。それは昔からの付き合いだからわかる奇妙なズレにも似た感覚。溝口の説得に行くようになり頭を過る悪い予感が胸を締め付ける。

「ああ、インハイ予選も近いし…アイツの力は必要だ。足に爆弾を抱えてると言っても完治しているらしいんだよ。…なら出て欲しいし、一緒にプレーしたい。そう思うとな、部活が大事なのはわかるんだが、どうしても溝口の説得に行っちまうんだよ。」

「足…治ってんのか…。じゃあ来ないのは…」

「俺のせいかもな。…古川悪い。チームの皆にも迷惑かける。絶対溝口を連れてくるから。」

 島崎は本気だ。溝口の力が今の陽正高校バスケ部には必要だと思っていて部員の反対を押し切ってでも連れ戻すつもりなのだろう。

「溝口…この前は顔出したけど、どうなんだ?戻って来たいって思っているのかあいつ自身は?」

 島崎は眼を閉じ腕を組んで壁に寄りかかる。溝口の態度を加味しているようだ。どうやら本人の口から言葉にならなかったらしい。

「…半々かな。戻りたくない訳じゃあ無いはずだ。じゃないと俺の話すら聞かないだろうし、体育館にも来ないだろ?かと言って構って欲しい訳でもない。部活来いって説得に行けばいつも迷惑そうに帰れって言うんだよ。」

「話はちゃんと聞く…と。」

「そうだな。」

 いつになく落ち込んでいる様に見える。溝口の存在がそんなに大きいのか。

「…でも島崎が部活来なくてアヤカが淋しいって言ってたよ。」

「えっ!ホントか!」

 一瞬にして笑顔を振りまく島崎、やはりコイツにシリアス展開は向いていないと断言できる。

「食いつき激しいなお前は。人の彼女だぞ?」

「すまん、若い女の子となるとついな。」

 決めポーズ(さなが)らに前髪を払う仕草はナルシストにしか見えない。

「お前、オヤジだったら犯罪だぞそれ。」

「そういや、アヤカちゃん香水かシャンプー変えただろ?」

「なんでそんな事わかるんだよ。気持ち悪ぃな。確かにシャンプー変えたって言ってた。」

「いや部員なら分かると思うぞ。全員な」

「それはそれで衝撃だわ!男バスは変態の集まりかっ!」

「褒めんなよ。」

「褒めてねぇよ!引いてるわ!」

 変態性が垣間見えるが、良いように捉えれば島崎は部員一人一人のことを良く見て理解しようとしている。そりゃあアヤカみたいに深い部分までは無理だが、雰囲気を明るくする程度に皆のことを気遣えている。彼自身人見知りな部分もあるが、身内との絆は誰よりも強い。だから溝口のことも任せっ切りにしている。下手に俺や原口が行っても逆効果になるかもしれないし、島崎とは一悶着あった溝口も島崎なら腹を割って話せることがあるかもしれないのだ。そこらへん敵わないよな。

「溝口が帰って来るのか来ないのか…どっちにしたって今日は部活行こうと思っている。最近は通い詰めて説得したからなそろそろウザがられるだろ?」

「まあ…いい判断かもな」

「一応顔見て軽く誘ったら今日は部活行くわ。久しぶりに五対五やるか」

「そうだな実践的な練習も必要だろうし…じゃあアヤカには伝えとく。」

「久しぶりにアヤカちゃんを愛でられるのか…」

「やっぱ永遠に来なくていいぞ。」

「嘘です。怒らないで古川くん…」


 傍観者 色芳彩香



今日から部活に島崎先輩が復活を果たした。島崎先輩の心配をしていたが、どうやら杞憂に終わった様だ。でも溝口先輩に対して険悪な雰囲気は漂っていた。楔に相談したけれど「それは俺らが横槍を入れる事じゃないんじゃないか?」と言われたので様子を見ることにしているのだが、どうか来週の練習試合、最後の高総体までには有耶無耶な感じを取り除いてベストな状態で挑んでほしいと思っている。一番恐れているのは島崎先輩の説得が成功し、溝口先輩が帰って来た後、また喧嘩が起きてしまうこと。今度事件を起こせば溝口先輩は休学処分になるだろう。そうすると必然的に高総体には間に合わなくなる。高総体自体に思い入れは無いのだが、島崎先輩や楔が全国制覇を狙っているので、成し遂げてほしいと心から思っている。久々ということもあり、今日は軽めの調整で終わり、帰りは楔と今後の男子バスケ部について少し話しながら帰ろうかと思っているところだ。

「アヤカ!今日原口いねぇから俺が体育館のカギ返しに行くんだけどよ。先に行って校門の辺りで待っててくれよ。」

「うん、わかった」

 体育館前で彼と別れると昇降口前のオープンスペースに警官が何人か立っていた。何をしているんだろうと思ったが、失念していた。私たちの高校では今、奇妙な事件が起きているのだ。「神隠し事件」と世間では呼ばれ、気味が悪いとか思って来年度の入学志願者がぐっと減ると理事長の母様は嘆いているのだろう。しかし、神隠し事件自体我々には認知されにくい。突然不登校になった生徒が何週間もしてから消えていたと聞かされてもピンとこないし、仲良くしている友達も少ないような生徒ばかり消えているので、一般の生徒からしたらアイツ居なくなったんだと言った程度の問題なのだ。私も友達が消えたわけではないし、それほど友達もいないので関係のない話なのだが…。警察をスルーして学校から出ると外はもう日が落ちかけて見事な橙色に染まっていた。校門前で蹲ると今度は視界の端に黒い人影が見えた。

 黒い装束に身を包み、白い肌、銀色で長い髪の毛を風に靡かせる青い瞳の持ち主はどうやら風貌からして女の様だ。見るからに外国人のその女性は下校中の生徒に色々話を伺っている様に見えるが、生徒との話が終わると次の生徒を探しているのか、私を見るやこちらに歩み寄ってきた。どうやら警官ではない様だ。

「…すいません。貴方はこちらの生徒?」

 どうやら日本語は達者らしい。

「…そうですけど?何か私たちの学校に御用事?」

 見るからに怪しいその女性はニコリと笑い。口を開いた。

「私はヴィルマ・ガソットと言います。十三委員会に所属している者ですけれど、出来れば『神隠し事件』についてお話を伺いたいのですがどうでしょうか?」

「十三委員会?」

 聞いたこともない名称に困惑する私は、別段このような訝しげで怪しい誘いまがいの行為がなかったわけでもないので、さらっと流すことにした。

「我々、十三委員会は非政府組織なので警察の助力を仰げません。どうか協力して頂けませんか?」

「私はちょっと…神隠し事件については噂くらいしか聞いてないんですよ。」

「それでも構いません。出来れば、教えて頂きたいのですけど…」

しつこいと思ったが、楔が来るまでの暇潰しとして利用しようと、神隠し事件とは全く関係のない溝口先輩の話をしてやろうと考えた。

「実はですね…神隠し事件とは直接関係ないとは思うんですけど。うちの部活の生徒の様子がおかしくてですね…」

 私は溝口先輩のことについて事細かく話してやった。新人戦の時に襲われたこと、人為的なパスミスでチームを負かそうとしたこと、怪我からの復帰でチームに及ぼす悪影響について。しかし、その女性は親身になって聞いてくれたので何か申し訳のない気分にもさせられた。

「…それで今、すごく不安で。」

「ですか…その時、彼の眼見ました?」

「眼…?」

「眼の色です」

 溝口先輩の眼の色までは見なかった。異様なことは無かったと思うが。

「見てないです。…目の色が違ったら何かいけないんですか?」

「それはかなり駄目ですよ。」

 女性は屈んで私と目線を合わせた。青い瞳がとても綺麗で見入ってしまいそうになるが、どうやらそう言っている事態でもないのかもしれない。彼女の顔は真剣そのもので私もいつの間にか親身になっていた。

「我々が専門としているNOTという存在は人間に取り憑き人間を食らう。これは貴女方の学校で起きている神隠し事件にも関係していると考えられます。そして、見た目上奴らを見分けるのは困難ですが、知られているだけでいくつか特徴があります。その一つが、興奮すると眼の色が変わるということです。なので貴女の友人にも気を付けておいた方が宜しいかと思われます。」

「そんな話をされて信じると思うんですか?」

「…そうですね。信じろとは言いませんが、気を付けてください。貴重なお話をありがとうございます。では」

 そういうと何かに気付いたように女性は立ち上がり、端末を胸ポケットから取り出して操作しながら、タクシーを呼び止めどこかへと去って行った。すると学校内に居た男性警官がこちらへ走って来た。

「すみません、先ほどの方とはお知り合いですか?」

「いえ、知りません。何か話を聞きたいと言っていたので…」

「気を付けてください。聞いた話ですけど、彼らは『神殺し』という犯罪組織です。警察でも行方を追っている人殺しの国際指名手配犯集団です。」

 警官は仲間に本部へ連絡させると私の方を向き直る。

「人殺し?」

「ええ。黒装束に逆赤十字。彼らの正装だそうです。どうやら『神隠し事件』も彼らが一枚噛んでいるかもしれません。何かあれば署に連絡ください。」

 警官はでは、と敬礼して校内へと戻った。

私は座り込んだまま今の話を信じきれないが何度も考えていた。

「…私に…化け物の存在を認めろと…そう言ってるの?あの人は…」

 私の心に響いたのは警官の言葉よりも先ほどの女性ヴィルマの言葉だった。「NOT」という聞きなれない言葉を残し、彼女は消え去った。物思いに耽っていると肩を叩かれ、突然だったので反射で身構えてしまった。警戒して振り向くと立っていたのは古川楔で無駄に緊張したと後悔した。心臓に悪い。

「…おい…大丈夫か?そんなに驚いて…」

「ああ…いや…何でもないわ。帰りましょ。」

「おう、折角だから今日も遊ぶか?」

「いい…」

 私は楔の誘いを断った。先ほどの言葉が気になって仕方がなく、とても遊んで気を紛らわせるようなことはできない。

(なので貴女の友人にも気を付けておいた方が宜しいかと思われます。)

「…今日はちょっと疲れたよ。家まで送って楔。」

 私は逃げるように彼の胸に凭れ掛かった。

「ああ…送っていくよ。あんな怖い奴らがうろついているんだからね。」

 私は楔の眼を見たが、色が変わることは無かった。




 第三話 第三幕 NOT因子


 傍観者 ヴィルマ・ガソット



 ホテルに着いたのは日が完全に落ちてからだった。部屋に戻るとそこには連絡した通り神戸教官がベッドに腰を掛け、テレビのニュースを見ながら待っていた。どうやら成田国際空港前で起きた奇怪な事件について特番が組まれているらしい。

「神戸教官…」

「警察にでも見つかったか?」

 テレビから目を逸らさずに教官は言った。

「はい。まあ…ですが教官。どうして彼らの様な公的機関と協力できないのです?どう考えても不便ではないですか?」

「ヴィルマ君。君はNOTについて勉強しているよね?」

NOTについて一般人は知らない。奴らは人間を生命源とし、内側から人間を食らう。奴らにも知能があり、頭のいい奴ほど用意周到に時間をかけて人間を食らう。取り憑いて何年もかけて体を少しずつ蝕み、本人に自覚が無いうちにそれはNOTへと変わる。NOTは取り憑いた場合、見た目は人間と見分けは付かない。だから、私たちは中でも頭のいいやつに対して警戒しなくてはならない。

「はい、承知しています。」

「君の報告から聞こうか。」

「陽正高校の生徒から聞き込みを行った結果、どうやら神隠し事件について詳しい人物は居ないようです。消えている生徒は十二名。しかし、一つ気になる点が…」

「なんだい?」

「陽正高校男子バスケットボール部です。凄い選手がいます。」

「ほう…それで…?」

「どうやら、人間離れした動きをするようなので調べる価値はあるかと思いました。他の部活や、学業面で飛び抜けた才能の持ち主は見当たりませんでしたし、可能性は高いかと思います。」

「そうかい。やってみな。ただし、長期戦を覚悟することだ。…NOTは興奮するとボロを出しやすい。そこのところは人間に似ているんだろう。」

「それは…?」

「これは経験談だ。覚えておいても損はない。支給された武器は持っているのだろ?」

「ええ。常に持っています。」

「それがいい。君がある程度の確信を持ってNOTと思しき奴らを特定したということはNOTである確率は高いはずだ。運命なのか、NOT因子を埋め込んだ我々十三委員会の兵士たちとNOTは惹かれ合い易い。」

 私は腰のホルダーに収められた棒を抜き取る。その棒は剣のような形状に加工してあるが、殺傷能力は低く先端がやや丸みを帯びた形になっている。

「不斬黒刀。またの名をNOT -BLADE。対NOT用に十三委員会が開発した刀だ。僕らNOT因子を持つ者は無意識のうちに体からあるパルス状が溢れている。ある周波数と言ってもいい、十三委員会の服もその不斬黒刀もそのパルスを流しやすい、共振しやすい素材で作られている。そして僕らNOT因子を持つ兵士たちとオリジナルのNOTが発しているパルス、周波数は完全に同じであり、この僕らとNOTのパルスが相殺し合う。するとどうなるか…」

「…NOTに直接攻撃が当たる。」

「ご名答。一般の兵器、拳銃、ミサイル、細菌ウイルス、核に至ってもNOTには通用しない。通用しないのはそれに対して耐性があることを意味している訳ではなく、単に奴らに届いていないというだけの話なんだ。NOTの防御壁とでもいうのだろうかね。だが、その下は驚くほど柔らかく弱い。故に殺傷能力は必要ないんだ。」

「それに意味があります?」

 不斬黒刀をホルダーに仕舞いながら私は神戸教官に尋ねた。首を捻ってやっとこちらを向くと、私に指を指した。

「君みたいな新人の為だよ。」

「…と言いますと?」

 彼は自分の刀を抜いて私に見せた。どうやら私のものとは若干形状が違う、というよりもしっかりと砥がれ、刀として存在していた。

「僕らみたいなベテランはある程度、人を殺すことを止む無しとして割り切っているから見てごらん。僕の不斬黒刀は刃が付いている。しかし、君のは付いていない。どうしてだかわかるかい?」

「えーと…」

「答えは至極簡単さ。僕らは人をも殺す。これが警察、国家権力と協力できない由縁だ。しかし、誤解が無いよう正確に言うと僕らはNOTと認定したNOT憑きの人間を殺すということだ。半人半妖とでも言うのかな、半分は人間、半分はNOTの悪魔、だから僕らは人間を殺しているということになり、半人半妖だと皮は人間だ。人間は流石に刃が無いと斬れないだろう?だから僕らの不斬黒刀には刃が付いている。」

「しかし、不斬黒刀と…?」

「不斬黒刀。それは斬らずの刀だからその名が付いたのではなく、不=NOTを斬る黒刀だから不斬黒刀という名になった。」

 教官はホルダーに不斬黒刀を仕舞うと私を隣に来いと促した。急いで向かい、ベッドの隣に腰を下ろすと、神戸教官は腕を捲り、ホテルのメモ用紙とセットで置いてあるボールペンを持ち、芯を出すと自分の腕に向かって思いっきり突き刺した。

「わっ…!」

 私は思わず目を瞑り顔を背けた。神戸教官は変わらぬ声で私に語りかけた。

「怖がらないでいい。予想した結果にはなっていないよ。」

 恐る恐る目を開けると、ボールペンは捲り上げられた腕に刺さることなく数ミリ手前で静止していた。眼を凝らすとその数ミリの間には空気の歪みのようなものが見られる。

「教官…これが…」

「ああ。これがNOTのパルスによる防御壁って奴だ。だから、一般の武器は俺たちにも効かない、僕らは一般市民からしたら人間の皮を被った化け物だと思われても仕方がないことだ。これも他国が僕らを受け入れない理由の一つにもなっているだろう。だけどこれなら…」

 神戸教官は自分の不斬黒刀を抜刀し、捲られた腕を傷つけた。当然のように赤い血が流れ落ちる。

「あ…っ!」

「わかったかい?僕らの武器は半人半妖の者に、強いて言うなら味方も殺せるつくりになっている。それが教官たる僕らクラスの人間の使命さ。不本意でも仲間の始末すら任務に入ってくる。残酷な世界だよ。」

 話に気を取られていると神戸教官の出血が止まる。驚くほどの速度で傷口が再生していたのだ。

「これが…NOT因子の恩恵ですか…」

「そうだね。NOT因子において長所となる部分は多い。筋力、視力、敏捷力などの身体能力の向上そして、細胞の活性化による高速再生。しかし、恩恵を受ける反面、短所として、短命、因子の暴走。不安定なこと極まりない。短所をどうにかして改善できれば凄く過ごしやすい体だよね?風邪とか引かないし、もし怪我してもすぐ治るから便利だし。でもさ、十三委員会なりの気遣いだろう。君らみたいな見習いや新米には人間を殺す罪を犯さないように配慮してくれているんだ。一応ね。だからって訳でもないけど、新米や見習いには基本僕らクラスの誰かがついてハイブリッドが出た場合と誰かが裏切った時に備えている。十三委員会から支給されたものは常に身に着けているんだよ。でないと自分を守れないからね。」

「はい、解っているつもりです。」

「長期戦で考えるんだ。見習いの時から急ぐ必要はない。そして一つヒントをあげよう。陽正高校の男子バスケ部だったよね?」

 教官は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。それは陽正高校の年間日程表だった。見ていくと来週の土曜日に男子バスケ部の練習試合が入っていることに直ぐ気付いた。

「教官…これは一体どこで…」

「立場上、法に触れることも少しはやらないといけないんだよヴィルマ君。…僕の予想ではもしヴィルマ君の予感が的中していたとしたらその練習試合の日に何か起こるんじゃないかと思う。イベントってのは重要で思い出に残りやすい。感情に関与しやすいってことになる。今が不安定な状態ならばここらで何かが起きても不思議じゃない。だが、油断は禁物だ。これはあくまで予想であって、絶対ではない。NOTが君の心の準備を待ってくれているとは限らない。」

「はい…」

「心の準備はしておいてくれ。君の父と母の時みたいにはならないと思うけれど、初めて君はNOTの敵として向かい合うんだ。それなりの覚悟は必要だと思う。」

「…はい、それも解っているつもりです。前々から覚悟していたことでしたので。夢を捨ててこの世界に足を踏み入れたのは確かに憎しみや恨みからでしたし、今だって父と母の仇討ちの為にNOTを斬りに行くようなものです。憎しみが唯一の私の支えですか…わああああああ…」

 ふいに神戸教官は私の頭をぐりぐりと撫でまわした。ぐちゃぐちゃになった私のロングヘアを見て神戸教官は笑った。

「でも、背負い過ぎは駄目だ。確かに殺伐とした裏社会に僕らは居る。だけれどもそれは表をより安全に綺麗に保つためだ。自分が理想とする世界になるように僕らは戦うんだろ?憎しみ、恨みを捨てろとは言わない、…けど笑ってなさいな」




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