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第二話


 第二話 第一幕 信念を持つ者


 傍観者 ヴィルマ・ガソット



 一夜明けた朝。私はホテルのベッドから起き上がった。見立て通りに昨夜遅く現地入りしてその日の内に行動を起こすのは困難だったため、時差ボケを直すことと明日は早朝からの調査があるため早めに睡眠をとることになった。いつも通りとはいかない寝起きのため、些か気持ち悪さが残るが重い身体を起こして隣のベッドを見るとそこにはいるはずの上官の姿が無かった。私、ヴィルマ・ガソットは今回が初任務であり、任務の流れを指南して頂くために神戸教官に同行して貰っているという形だ。

重たい体を起こして神戸教官の居ないうちに身支度を整えるべきだ。研修生でもある私が朝から不甲斐ない姿を見せられない。顔を洗うため洗面所のドアを開けると、ここの洗面所は風呂と一緒になっているようで風呂場であろう仕切りのカーテンが閉まっていたが、気にも留めず顔を洗っているとカーテンが開く音がした。気が緩んでいたのかそのまま顔を上げるとそこには全裸の神戸教官がいた。

「き…きゃあああああ⁉」

 私は唐突過ぎたこの事態をどう対処していいのか解らず、取り敢えず、洗面所から出て行こうとしたが足がもつれて派手に転んでしまった。

「おはよう。ヴィルマ君。大丈夫かい?」

 手を差し出してくれた神戸教官は腰にタオルを巻いていて全裸ではなかったが、私も女なので少しは気を使ってもらいたい。手を取りながらつくづくとそう思う。しかし、優男かと思っていた神戸教官の体は鍛え抜かれていて見惚れしてしまうような筋肉の鎧を纏っていた。

「すみません。久々に飛行機に乗ったもので気が緩んでいたようです。」

「そうか。まあ…こんなところで怪我をしないようにな。それにしても君に覗きの趣味があるとは思わなかった。次からは鍵を掛けないといけないな。」

「そっ!それは誤解です!覗きなんて趣味はありません!」

「覗かれたんだから説得力はないよな」

 私は自分の顔が真っ赤になっており、湯気が出そうなほど恥ずかしかった。悪気はなかったとは言え事実、神戸教官の入浴を不埒な研修生が覗いてしまったのだ、気を悪くしない方が可笑しいというもの。

「むう…申し訳ありませんでした。」

「ま、嘘だよ。鍵をかけてない僕が迂闊だったんだ。気にしないでくれ。」

 教官は私の頭を撫でると洗面所から出て、今度は忠告の様に言う。

「だが、仕事で慣れ合われるのは困る。正装を着たら、たとえ研修生であっても僕たちは十三委員会であることを自覚して行動しなければならない。『十三委員会にただの失敗は許されない』僕たち十三が機能し始めた時からの教訓であり、皆が実行し続けていることだ。ヴィルマ君。君の代五人見習い兵になったが、果たして何人合格できることか。君がもし合格したら今期で十三委員会も十一期目になる。少数精鋭の考えが強くて、合格した兵士たちにはそれ相応に働いて貰わなければならないね。上もこの頃はNOTの発生が各地で活発化して来ていて躍起になっている、こっちも気苦労ばかりだ。つまりは中間管理職の僕らとしても君みたいな新人に伸びてほしいと期待しているんだよ。」

 話を聞いていて寝ぼけていた頭も冴えてきた。

「そうです…でも、神戸教官。」

「何だい?」

「そろそろ服を着て頂け…ません?」

「…そうだね。」


 私と神戸教官はいつもの黒い正装に着替えると二階にあるバイキング方式の食堂で朝食を採っていた。半径五十センチメートル程度の丸テーブルにパスタなどが乗った皿が無数に置いてある。しかし、食べているのは私だけで神戸教官はホットコーヒー片手に新聞を読んでいた。十三委員会の情報源も新聞なんだろうかと一応疑問を持ってみるが、確かにNOT以外の情報についてはNOTが関連していると認定されないと見過ごされてしまう事件は多くあり、疎いという欠点がある。その情報源はどこから来るのかというと一つは監査として十三委員会に出入りしている各国政府の役人からで、もう一つは委員会の役員が自分で調査して来ると言ったものだ。驚くべきことに大半が後者であり、今の十三委員会を支える礎になっている。だからと言って自分から仕事を見つけに行くワーカーホリックがいるのだろうかと思ってしまうが、現にワーカーホリックが目の前にいらっしゃるようで私の考えは根本から崩れ去っている。

「教官…。新聞を見つめて仕事探している…ですか?」

 一応、期待を持たずに聞いてみる。

「おぅ。まあ探していると言えばそうだが、最近ここらで起きていることを調べておこうと思ってね。僕らはこういう情報は一応気にして置いた方がいいんだよ。何かと役に立つことが多いからね…」

 神戸教官は新聞と私の朝食を交互に見て、コーヒーを置くと最後に私の顔を見た。

「…なんです?」

「ヴィルマ君。君っていつもこんなに食べるのかい?」

「え?」

「僕はあまり食べるほうではないのだけれど。それを差し引いても朝からご飯を十杯とか、皿に山盛りにした唐揚げとか、バイキングで料理の乗っているプレートをそのまま持って来る女の子を見たことはなかったよ。」

 私と神戸教官のテーブルには食い散らかした皿が溢れ返っており、更に追加で料理人さんが運んできた料理に目を配らせている私に呆れていたのだろう。初任務ということもあり力を十二分に発揮するため遠慮なしに食べ過ぎた自分に私は今更ながら恥じらいを覚えて顔を耳まで真っ赤にした。

「いえっ!あの…いつもはもっと食べないって言うか…。初の任務なのでテンションアゲアゲって言うか…いつもはこんなんじゃないんですけど…はい。」

「食べ過ぎて動けなくなるのも困るからね。適度にしなよ。」

 真っ赤になっている私を気遣いながら、神戸教官は新聞を私に見せてくる。見せてもらった記事には昨日の夕方頃に成田国際空港近くのビル街で起きた事が書かれていた。

「…教官これは…?」

「ああ。間違いないな。NOTが僕らを見ていたということだ。NOTとNOT因子を体内に宿している僕らは似た雰囲気を醸し出していて惹かれ易い。同族に群がる習性があるのかもな?しかし、これでここにNOTが居る可能性も出てきたわけだ。じゃあ早速仕事に取り掛かろうかヴィルマ君。君は陽正高校の生徒に聞き込みを頼むよ。」

 神戸教官は新聞を丸めて立ち上がり私を顧みることもなく食堂の出口に向かう。私も急いで皿を片付けてその後を追った。


 ○月×日午後十六時頃、成田国際空港付近のビル街で奇妙な事件が起きた。事件と言うのは些か語弊があるのかもしれないが、大手機材メーカー本社前に男性用のスーツが着たままの状態で捨てられていた。ベルトもネクタイも締められており、何かの悪戯ではないかと言う声も上げられているが、目撃者によるとどうやらビルの上から落ちて来たらしい。付近の高校でも不可解な事件が続く今、警察はこの事件との関係性も考えられるとみて捜査をしている。


「着たままの状態で服が捨てられているなんてありえませんよね。」

「服を着たまま全裸になる人なんて変態にはあったことがないよ。否、あれは服を着たまま人間だけが消えているということになる。理解しかねる話だが、これに該当する案件を僕らは取り扱っている。つまりはNOTだ。君も見たことがあるはずだろう?」

 息を飲んだ。それは次の神戸教官の台詞を予想できたからだ。出来ればそうでないと半ば願いながら教官の次の言葉を待った。

「あれはNOTが食事をした跡だ。」

 ホテルの自動ドアが開き、風を切る音が五月蠅く響くがその台詞だけははっきりと聞こえた。

「やはり…神隠し事件で行方不明の生徒たちはもう…」

「助かることを期待するのは厳しいだろうな。しかし、間違えるなよヴィルマ君、僕らの目的は人助けじゃなくNOTという化け物退治なんだからな。人助けは二の次だ。」

「わかっています教官。我々は十三委員会―――」

 私は十三委員会の理念とは異なり戦っている。委員会の方針は人類の復讐、同族殺しをモットーとして悪魔の十二柱を破壊し、NOT因子をこの世から根絶すること。目的のために犠牲は厭わないし、仲間も騙す。ブラック企業だ。多額の給料、NOT撃破によるボーナスもあると聞くが、この十三委員会に入会している連中の大半には意味のないことだ。大体が大切な人を失っていて、仕送りする先がある人はまだいい方で家族や身寄りのない人もザラにいる。連中に金を与えたって心を満たす肥やしにもなりはしない。私含め満足するのは生きていることを実感した時であり、現代に生きる人たちにはあまり親身に感じ取れない感覚であろう。

「―――復讐に取り憑かれた神。」

それでも私は人助けのために戦う。自分の中の復讐を糧にして何も知らない人のために。



教官とは別行動で今日から聞き込み調査を開始する。まずは外堀からと思い市街地へ来てみるが、都内ということもあり人は多い。立ち並ぶ全国チェーンの店や、下町に根付く老舗商店の数々、ネットで話題に上がることも少なくなった『神隠し事件』は街でどう思われているのか、世間に疎いおじいちゃん、おばあちゃんでも知っているのかという微々たる疑問から調査を始めることにした。

「知らんな」

「知らないねぇ」

「分からないです。すいません」

 いきなり連敗記録を積み重ねる。聞き込み何て分からないが当たり前の対応だと教官からも言われているが、手に入れた情報は有効に活用したい。

「…と言っても何一つ得られていないんですがね…」

 自分の言葉で更に落胆し、肩を落とす。調査開始三十分でこれだ。先が思いやられる。トボトボと目立つ黒コートで歩いていると一人の青年が声を掛けてきた。

「お姉さん。何してんの?」

 髭を伸ばしてオヤジっぽさを出そうとしている見るからに二十代後半の男性は外国人が珍しいのか、やたらと私に絡んでくる。

「ああ。日本語分からないかな?ナイストゥミーチュー?」

「……馬鹿にするのも大概にして下さい。」

 英語力の欠片もない日本語を聞かされ不快に思った私は目線で威圧しようとした。こんな馬鹿そうな男を相手にしている暇はない。

「お、やっと喋ったっしょ。」

「私、忙しいので失礼しますね。」

 その場を立ち去ろうとする私を引き止めるように男は叫んだ。

「いいの!探し物があるんでしょ?俺っち知ってるよ!」

 男の言葉に不覚にも足を止めてしまった。

「貴方が…何を知っていると?」

「『神隠し事件』の真相って奴?」

 男は手を広げて続きを放し始める。

「さっきから見てたよ。やたら人に聞いてたじゃん?あれじゃ誰も喋んないっしょ。怪しげな女が何々しってますかって聞いて来てアンタなら親切に答えるのかよ。変な奴だって思うのが関の山じゃね?」

 確かに男のいう事には一理ある。だからといってこの男が信頼に足る人間かどうかという問題は解決されないが…

「それで貴方は何を知っていると?」

「付いてきなよ。真相教えてやるから」

 男は手招きして歩き始める。今まで手掛かりらしい手掛かりが無く、これから路頭に迷いそうな予感がしていた私にとっては渡りに船。ただ怪しい匂いしかしない。罠と分かりつつも男に付いて行くとビルの合間にある薄暗い路地裏に入っていく。

「…のこのこ付いて来る辺り、やっぱり外人だよなぁ」

 先導していた男は振り返って私を見る。開かれた口が三日月の様に見える。それが合図だったかのように、路地の影からぞろぞろと男たちが出てくる。総勢十数名の男たちは私を見てニタニタと欲望に満ちた顔をしている。

「…はぁ…こんなことだろうと思ったんですけれどね。それで、貴方は『神隠し事件』について何か知っていることはないんですか?」

「知るかよ!そんな事件。下らねぇ事どうでもいい!これからアンタとイイコトするんだからよ!ハハハッ!コスプレなんかしやがって目立ちたがり屋さんめ!」

 教官からもスタイルがいいねと言われていて、こういうアホな連中に絡まれることもあるだろうと言われていた。その時の処理は至極簡単だ。

「……御託はいいから襲ってきたら?」

 艶めかしく首を傾げ挑発すると奇声を上げて二人の男が迫ってくる。

「カッカッカ」「うほ…」

 後ろから迫って来た二人の背後に抜き足で移動し、腕を捩じり上げると男たちは悲鳴を上げて地にひれ伏す。その悲鳴を無視して関節を外し二人戦力から除外。絶句する周りの男たちを見回して、相手になりそうな人間が居ないことを悟る。

「……スパーリングの相手くらいにはなってくださいね。」

「ざけんなアマ!」「やっちまえ!」

 残りの男たちが一斉に襲い掛かってくる。狭い路地で集団戦闘は向かない。軍の特殊部隊でもない限り、そんな芸当は不可能。連携が出来ない烏合の衆を端から無力化していく。腹部を蹴り抜かれ、壁に打ち付け脳を昏倒する輩。関節を外されて蹲る輩。私が男たちを全員を無力化するのに要した時間は二分とかからなかった。

「…やはり普通の人間では相手になりませんね。これもNOT因子の恩恵と考えると皮肉なものです。恨むべき敵の力を使って優越感に浸るなんて、人間としてクズですね。」

 心のどこかで優越感に浸っていた自分をしっかりと見つめ直し、路地裏から通りへ出ると、ペットショップの宣伝用ショーケースに入れられた子犬を見ていた神戸教官に遭遇する。驚きはしたが、NOT因子同士は惹かれ易い。雰囲気を感じれば近くに来るのは至極当然のことで、今の乱闘も最終試験の評価に影響しているだろう。

「…教官…こちらは情報を掴めませんでした。」

 乱闘のことを振れるよりも、意に介さないように仕事の話をし始めると、教官もそのことについては触れる気がないらしい。

「やはり、直接陽正高校の生徒に聞くしかないね。」

「…そうですね。」

 今、私のことを襲って来た男たちだって何も知らない部類の人。人間として捻じ曲がった根性をしていても私にとっては守るべき対象。あの男たちは懲りずまた違う女性をひっかけるだろうか、それとも私の影響で懲りただろうか。

 人間は変われる。私たち契約者と違って。

 だから、変われるうちに気付いてほしい。


 第二話 第二幕 推察する眼


 傍観者 古川楔



 今は放課後でいつもならばバスケ部の部活動をしている時間なのだが、今日の体育館使用権利が他の部活にあるため、今日は部活動休止となった。インハイ予選まであと一か月足らずだがこういうオフの時間も大切だと言って島崎は自主練も自粛させた。成績が怪しいため帰って勉強しようかとも考えたのだが、今日は違うことに利用することにした。そのため俺は外履きに履き替え学校の生徒用昇降口前で人を待っている。と言っても彼女を待っているだけなのだが。

「楔。お待たせ。ごめんね、ちょっとホームルーム長引いちゃって。」

 そんなことを考えていると後ろから彼女は現れた。

「いや、大丈夫。考え事してたら直ぐだったよ。今何時?」

「んと…三時三十九分だけど。どうかした?てか、何考えてたの?」

 手に持っていたタブレット端末の時間を確認するとアヤカは背負っているスクールバックにタブレット端末を押入れた。俺と居るうちは弄る気が無いらしい。

「溝口のこと。」

「ああ、でも島崎部長なら大丈夫でしょう?あの人教師受けもいいみたいだし。いい慰め方をして溝口先輩も戻ってくると思うわ。何も心配いらないと思うけど?」

「俺も今そう思ったところだ。でもよ、どういう理由があれ、バスケを途中で止めちまう奴はその程度だったってことだ。負けという現実を突きつけられて諦めちまうのは溝口の弱さだ。まあ…別にいいけど、個人の自由だし、俺は俺で自主練して強くなるさ。」

「バスケ馬鹿は相変わらずね。」

 島崎は今日も溝口を説得に行っている。ダメで元々という考えなのだろうが、部活無い日にまで行くとは部長としての責任感の高さに感心する。

「バスケが性分だからな俺は。…皆はどう思っているんだろうな?」

「うん…そうね。例えば石ヶ守君を見ていると楔や島崎先輩みたいな巨大過ぎる才能の塊を見たことで自分も限界を超えてみたいって思っていると思うわ。現時点で彼は自分の方が劣っていてこのままやったのでは埒が明かないと見て、嫉妬することで一時的にでも自分を鼓舞し、十二分に力を発揮するといった自分にプレッシャーを掛けるタイプね。」

「じゃあ俺は?どういうタイプ?」

「楔の事はよく解んないわよ。いつも敵なんか見てない癖に…島崎先輩より点数取ろうとしているだけじゃない?」

「ま、ご最もだな。大丈夫だって今は島崎に負けてるけど高総体までには俺のことをエースって呼ばせてやるよ。アヤカもそっちの方が彼女として鼻が高いだろ?」

「別に学校での体裁は気にしてないよ。大事なのは私の好きな楔が好きな楔で居続ける事だからね?」

 歩きながら俺の顔を覗き込んだアヤカは少し顔に赤みが差していた。大きな瞳に吸い込まれてしまいそうでその瞳を見ているとある出来事を彷彿させて俺は歩みを止めてしまった。

 その出来事は彼女が俺に告白してきた時のこと。それは俺と島崎が高二の新人戦の時、その時アヤカは高一で既にバスケ部のマネージャーとして職務を全うしていた。俺たち陽正高校と都立の強豪校との決勝戦だったが二点差で負けており、第四クォーターの残り二分の時だった。アヤカは俺の手を握りタイムアウト中、一切離そうとしなかった。高総体の試合じゃないにしてもそれなりに重要な試合であることは間違いなかったのだが、彼女はそこで「勝って」と言った。試合終了一分前で三ポイントを決め、逆転に成功すると浮足立ったのか溝口がまさかのパスミスをして敵に再逆転を許してしまった。その後、ブザービーターで何とか勝利したものの、どうしてもその時のことが気がかりだった。試合が終わった後、アヤカと話しているとその視界に溝口の姿が見えたのである。こちらを睨む鋭い視線に身を震わせたのを覚えている。

 あの時、溝口はワザとパスミスをしたのではないか?

 その疑念が試合後も拭えなかった。

「…どうしたの?」

「あ、いや…何でもない。…つーことで今日はデートでもしますか?」

「へ?」

 俺の行き成りの誘いにアヤカは段々と顔を赤くしていき、後ろに倒れていく。

「おいっ!」

 それを急いで抱き留めると、自分自身らしくなかったと反省した。アヤカと付き合ってから半年も経とうとしているのに俺から遊びに誘ったのは今日が初めてのような気がする。こういう恋人ってあんまり居ないんじゃないのかな?

「…で…デートですか?」

「ああ。…んと俺らしくないことは解ってんだけどよ。なんて言うか、たまには羽を伸ばしてもいいんじゃないかと思ってな。どうだろうか?」

「勿論行くよ!死んでも‼」

「死んだら行けないから」


 傍観者 色芳彩香



 私が彼と出会ったのは偶然で一目惚れだったと思う。色芳彩香は常人よりもいくらか特殊な存在であった。先天的な才能とも呼べる「人を見る才能」、観察能力に優れていると言える。人の動きを見れば体のバランスからどこの筋肉が足りていないか、その人が今どういった精神状態にあるのかを把握することができる。そんなことが出来てしまう私というのはクラスで浮き、省かれることが多くあったので、その才能に蓋をするかのように人とは縁遠くなるように勉強ばかりして暮らしていた。そういうことで学校も学業に力を入れ、一流企業に就職することもあるという陽正高校にした。だけれど、ある日私に転機が訪れた。

「男子バスケ部」

 それは偶然であり運命の出会いだった。入学して二ヶ月ほど経ったある日、体育館2階のトラックを部活生の邪魔にならないよう端を歩いて下校しようとしているところに女子生徒の溜りがあった。何の野次馬かと覗いてみると体育館一階で他校とうちのバスケ部が試合をしているところだった。相手の高校の名前も聞いたことがあり、全国でも屈指の実力を持つ強豪校だろうと推察できるが、我らが陽正高校の男子バスケ部はまさに「圧倒」していた。その時はルールに詳しくなく、何をしているんだと思ったものだが、二人ほど私の才能を持ってしても見切れない肉体と精神力を持つ男がいた。今まで初見ですら人の成りを憶測できる私が見切れない人間が居たことにかなり驚いたが、彼らは去年のスポーツ特待生だと言う。つまりはまだ二年生だそうだ。動きから見るに両チームとも正規メンバーだと思われるが、その三年生たちに混じりながらも尚且つ彼らが一番活躍している。背番号が六番と七番を与えられていることから既に異様な強さを感じられる。うちのバスケ部は決して人が少ない訳でも三年生が初心者ばかりという訳でもない。ましてやベンチ入りしている三年生も他校では一軍に入る実力はあろう選手が軒並み居るのが見て取れる。

六番 島崎真二

七番 古川楔

 他の選手、敵味方合わせても彼らの動きは倍速く感じられる。二人だけ時間軸がずれているのではないかと疑いたくもなる。ハーフラインから三点決めたり、ダブルチーム振り切ってダンクを決めたりとまさに蟻と巨像の戦いだった。スコアは八十一対一五〇で陽正の勝ち。これが最初のきっかけ。その時は興味を持った程度で終わったのだが、その試合を見てから数日が経ち、その日も私は授業と課題を終えてオレンジ色に染まる帰り道を歩いていると前から二人の男がランニングさながら全力疾走にも似た走り込みを行っていた。近づくに連れてその二人がこの間の島崎先輩と古川先輩だということが分かった。別に接点もなく、あちらからしたら初対面ですらないこの状況であったが、私は自分の才能で島崎先輩と古川先輩に選手生命も脅かしそうな疲労を蓄積した足腰が見て取れたため、すれ違い様に声を掛けた。

「あの…すみません!」

「え?誰っ!?」

 案外普通の反応をした。彼らの肉体は未知数のことが多いため、このことを言うべきかどうか正直迷ったが、声を掛けてしまった今となっては変な人だと思われないためにも喋らない訳にはいかない。

「お前のファンじゃないの?最近結構いるじゃん?」

「いやいや、んなわけ」

「あの…失礼ですけどシューズのサイズ合ってないんじゃないですか?」

 私は出来るだけオブラートに包んで彼らが自分で自分の欠陥に気付くように誘導しようとした。彼らは顔を見合わせると島崎先輩の方が、口を開く。

「何でそんなことわかったんだ?」

「え…えと…」

「…確かに今日は俺も古川もバッシュが壊れて備品のシューズ履いてるからサイズが合ってるとは言い難いけど、しかし、どうしてわかったんだ?」

 問い詰めるように私にきつい視線を向けてくる島崎先輩。私が対応に困っていると古川先輩が助けに入ってくれた。

「島崎。女の子に対してそんな威嚇しちゃいかんだろ。」

「けどよ。こいつのなんかモジモジした感じ俺は嫌だ。」

「お前も女子の前じゃモジモジしてるよ。」

「うるせぇよ古川」

 初見にも関わらず酷いこと言うなと思いながら私は正直に打ち明けることにした。私には昔からそういう類の才能があって他人を「見る」ことに精通していると。

「そうか…それは何というか…気持ち悪いな。」

「…!」

 私はいつもクラスメイトに言われていることを言われ、体が硬直した。それはこの二人ならば私の気持ちがわかってくれる。もしかしたら私と同類ではないのだろうかと思っていたため、島崎先輩の態度は私の期待を残酷なまでに打ち砕いた。けど、古川先輩は違っていた。

「いや…そんなこと言うなよ島崎。彼女は逸材だ。うちに入れよう。」

「……へ?」

「古川!本気で言ってんのか?そんな性悪女をバスケ部に入れるって?ただ俺らの私生活が覗き見されるだけじゃねぇのか?」

「それくらいどうってことないだろう?それくらい曝け出してでもバスケが上手くなりたいと俺は思うけどな。お前は違うのか?」

 島崎先輩は一度考え込むように頭を抱えたが、ふぅという溜め息と共にどうやら古川先輩の意見の飲んだようだった。それを確認すると古川先輩は私の方を見て微笑んだ。

「そういえば君の意見を聞いて無かったね。どうだろ?うちのバスケ部のマネージャーとして俺たちに力を貸してくれないかな?」

 私の才能を受け入れ、しかも仲間に誘って来るなんて思わなかった。私の突出した才能を見て、離れて行った輩は数え切れないほどに居たがその逆は初めてだった。彼には自分に何が出来て何が出来ないのかを把握し、それをマイナスには考えない柔軟性が見られた。普通、才能がある者はその才能ゆえに自分よりも他人が優れていることを認めたくない者が多い気がするが、彼は少し違うようだった。認めているには認めているのだろう。しかし、彼は前しか見ていないのだ。彼のベクトルはバスケが上手くなることにしか向いていない。子供のような彼の考えに辿り着くにはそう時間が掛らなかった。私は気付かないうちに自然と笑っていた。そんな私を見たのか彼らはきょとんとして顔を見合わせていた。それが最初であり私がバスケ部のマネージャーになったきっかけ。

『有能ゆえに孤独』だった私を救ってくれた古川楔との出会いだった。


それからしばらくして私も男子バスケ部マネージャーとしての仕事もしっかりと熟すようになり、他の部員とも仲良くなり始めて来た二年生主体での新人戦が行われる時期、その頃にはもう楔や島崎先輩の実力も大体把握出来るようになり、的確なアドバイスを与えられたと思う。私が入部してから半年も経たないうちに成果は現れた。日々選手たちの状態を見ることで足りない部分を補えるようなトレーニングアドバイスや栄養管理等の参考を毎日選手たちに伝え、そのことによりエースとして申し分ないポイントゲッターに成長したPFの楔、副部長でSGの原口先輩、SFの石ヶ守君、PGの赤間君など軒並み化け物揃いの強豪校になった。中でも急激に伸びたのが問題児の溝口先輩だった。私は溝口先輩について腑に落ちない点があった。一時期、病気を理由に練習を一週間ほど休んだことがあり、普通ならばそこでいくらか訛ってしまうことがあるはずだ。しかし、他人を見ることに長けている私は休み明けの溝口先輩を見て、背筋が寒くなった。外見での能力値の桁が以前とは違う領域に達していたのだ。この変化に気付いたのは私だけかもしれない。

「何かもう特訓でもしたのか?」と島崎先輩に聞かれたが、「私は知らない」と答える事しかできなかった。その日までは、冷たかった溝口先輩とも人並みに仲良くなって来た実感はあったけれど、以来、纏う雰囲気が変わり話しかけ辛くなってしまった。彼のポテンシャルは反応速度が異常に早い、時間軸がズレているかのような滑らかな動き、多彩なテクニック。異常な威圧感。何が彼をそこまで追い詰めたのか、どうしたらそんな高みに行けるのか、私には理解できず怖かった。

 そして訪れた新人戦決勝。都立の全国大会常連校との試合のハーフタイム私は溝口先輩に襲われた。選手控室前の誰もいない廊下で。壁際に追いやられ、舌で自分の下唇を舐める溝口先輩から連想したのは『蛇』。

「……お前…旨そうだよなぁ…」

 頬を撫でられ、身体は震えてまともな反応が出来なかった。しかし、何もされないうちに解放されたのは運よく楔が来たからだ。

「溝口ぃ!」

 冷静さを取り戻した私は近くにあったトイレに駆け込み、個室に入って鍵も締めた。呼吸は荒れて冷静さを取り戻したというには語弊があるのだけれど、まともな判断ができたのだからあの瞬間は冷静だったのだろう。ハーフタイムも終わり第三クォーターが終了し二点差で負けており、そのまま第四クォーターもの残り二分となった時だった。最後のタイムアウト中、私は溝口先輩から逃げる用に楔の方へ行き、手を握って離さなかった。第一に溝口先輩の恐怖がまだ脳内に焼き付いているということもあったし、この試合で負けて欲しくなかったのも事実だった。私はそこで些か過剰かとも思ったが「勝って」と言った。そこまで重要でもない言わば高総体の前座にも似たこの試合で、そんなことを言う女子マネージャーは居ないだろう。しかし、楔は嫌な顔一つせず頷くと試合終了一分前で三ポイントを決め、逆転に成功した。しかしその後溝口先輩がまさかのパスミスをして敵に再逆転を許してしまった。ミスをした後の先輩は一瞬笑った。それを私は見逃さなかった。楔がブザービーターでダンクを決め何とか勝利したものの、溝口先輩は何の為にパスミスを偽装してまで負けようとしたのか?原因は私なのか?色んな感覚に苛まれながらもそれを尽く吹き飛ばしてくれる古川楔に段々と惹かれていった。

新人戦後の練習で行った溝口先輩と島崎先輩の1on1。新人戦での活躍から誰もが溝口先輩の勝利を予想した。しかし、全員の予想は大きく覆された。

溝口先輩の完敗。島崎先輩にシュートを全て止められ、最後には苦痛の顔も覗えた。明らかに可笑しいと思い彼の様子を観察すると彼は足に爆弾を抱えていた。

飛べない。

バスケットマンとして活躍することはもう出来ない。医師に相談すれば確実にそう言われるであろうと予想できる深刻な怪我だ。溝口先輩は島崎先輩に負けて以来、練習に一切参加しなくなってしまった。


 今に至るが私は無事に楔と付き合うことが出来ていて、溝口先輩への恐怖は変わらない。だけれど楔がいるのなら…

「私…ろくな死に方をしなくても構わないからずっと一緒にいたいな…楔…」

 酷い言い草だが、昔から贔屓目を向けられてきた私にとってはそれくらいに大切な存在になりつつある古川楔は、未だ変わらずポジティブで生きて大好きなバスケを続けている。

「何か言ったか?アヤカ」

 でも、私は一物の不安を抱いていた。

「…いえ…昨日の島崎先輩はらしくなかったけど…」

「…?…けど?」

「今日の楔もらしくないよ?何かあったの?」

 すると彼の眼の色が変わり、少し怒ったような顔になったが、直ぐに元に戻り彼は続けた。

「島崎も今は耐える時なんだよ。高校最後の試合が近づいて気が荒れていただけなんだって…全国制覇を狙えるチームに育ったウチの士気を下げたくなかった。目標に向かって一緒に進んでいたはずなのに溝口の言った一言が裏切りに感じただけなんだって思うよ。話せば二人とも分かり合えるだろうし一先ず心配はいらないだろ」

「……楔は島崎先輩のことを信じているのね。」

「そりゃあ信じているさ。十年来の友達だからな。アイツのことは誰よりも深く知っているぜ。」

 私はその言葉を聞いて楔は本当の島崎真二を知らないと直感した。これは単に人を見ることに長けているからという私的な見解ではなく、他の要因も兼ねての答えである。


 …溝口先輩に怪我を負わせたのは島崎先輩だ。


 第二話 第三幕 悪魔の柵


 傍観者 ヴィルマ・ガソット


 これは過去の話だ。


 その日は朝から土砂振りの雨だった。

「ヴィルマー。今日は遅くなるの?」

 母の声が聞こえてダイニングに降りてきた私の耳に届く。

「うーん図書館に寄って来るけど直ぐ帰ってくるよ」

「はは、本当に読書好きだなぁヴィルマ」

「父さん。今は大学のレポートのために調べ物をしてるだけよ。いつものミステリー小説は今休み中。」

母は食品会社でパートをしていて夕方まで仕事、父は個人経営会社の従業員であり、収入は多い方ではなく決して裕福な家庭ではなかったが普通の別に不自由はない暮らしをしていた。私はそんな両親を見て多くの人の役に立たなくても目の前の人たちの役に立つ社会人だと思った。確かに規模は小さいし、今のグローバルな社会では通用するような考えではないのかもしれないが、それでも私が目指したのは社会人になって身近な人の役に立てるように地域に根ざした仕事に就くことだった。今日も大学で勉強した後に図書館へ寄りバスと電車を乗り継ぎ家に帰ってきた。家の近くに市場やレストランが多くあって夜の街に煌めく街灯も相まって大きく賑わっている。通りは人が溢れ返るほどでは無いにしても多いと感じるくらい視界には人が映っていた。そんな煌めく大通りを一本入ったところにひっそりと建つ我が住まいはまだ父も母も帰っていないのか、家の電気は付いていなかった。もう日が落ちて大分経っていて、両親も遅くなるなんて言っていなかったので疑問を覚えながらも玄関を開けた。

結果を言えば家の中に父と母は居た。帰って来て私の帰りを二人で待っていたようだった。ダイニングにはまだ湯気が立ち上るスープやパスタがあり、つい先ほどまで生活していたことが覗えた。父と母はダイニングテーブルに食事を並べ、いつもの決まった定位置の椅子に座り私の帰りを待っていた。

ただ、第三者がそこに居たことと、父と母は既に着ていた服だけになっていたこと以外を除けば何気ないいつもの光景だった。そこに居た第三者は裸で体つきは成長期の少年のそれだったが、顔はグチャグチャになっており、年齢層の違う顔のパーツを寄せ集めたような顔立ちをした白い人型の何か。

「グギャギャッ…」

 それは私を確認すると不恰好な口を歪めてゆっくりと私の方へと歩み出した。私はまだ家に入っていない。玄関を開けて見えた光景に衝撃を通り越し、思考が止まっていた。私の思考がやっとの思いで動き出したとき、第三者は目の前に来ていた。

 目の前に第三者の目があった。左右の眼はぐりぐりとカメレオンのように違う動きをして私の様子を覗っているようだ。私は動けなかった。目の前の存在が悍ましくて、汚らわしくて…しかし、その存在は身体の色が嫌なくらいに白い。

「あなたは…」

 決死の思いで私は口を動かし言葉を発したが後が続かない。すると存在は大きな口をがっと開けて私を食べようとしたのだろうか?少しずつまた距離を縮めてきた。初めて感じる黒くて大きい圧迫感、身丈は二〇センチメートルくらいしか差は無いはずなのに、何メートルもの大きい存在を相手にしていると錯覚してしまうほどの圧力をそのときに感じた。

「アァー…」

 私は動けなかった。

 このまま食べられると思って目を瞑った。世界は真っ黒になった。何も見えない。自分の選択が間違いだと今更気付いた。この時私は動いて逃げなければならなかった。逃げて助けを求めていれば違った結末になっただろう。

 

金属が風を斬って振動する音が聞こえた。続いて、先ほどまで前にあった圧迫感が取れてどこからか新たな風が舞い込む。圧力の消えた私は何かの糸が切れたかのように力が抜け、玄関のそこに座り込んだ。やっと目を開けると視界に見えたのは黒を地にした赤十字。いや、あれは十字架だ。だが、横棒から延びる縦棒の長さが不自然だ。逆十字。本来上に来るべき部分が下に来ているのだ。その意味は神への冒涜?

「怪我は無いですか?」

 黒い装束と逆赤十字に身を包んだ男は私を振り返り言った。黒装束の奥には顎を切り取られたさっきの存在が仰向けにバタついている。動き回り辺りに血の赤色が散布する。

「え…えぇ…」

「なら良かった。事情はアレを始末してから言いますので。」

 黒装束の手には二本の金属製と思しき棒が握られている。長さは五〇センチメートル程度の小さいものだったが、黒装束がその棒を構えると棒の周りの空気が振動した。棒はただの棒だった。削られて剣のような形に見えるが素人目でもそれ自体に殺傷能力は無いように見えた。しかし、それとは裏腹に彼が棒を振るうと金属が風に振動するような音が聞こえて、あの気味の悪い存在の腕を切断した。

「ギギィイイイイイイイイ!!」

 のた打ち回る存在は家の中へ奥へと逃げていく、しかし、彼の前には私の目の前にいたはずの黒装束が立っていた。彼は迷わず存在の首を落とした。赤い液体を吹き出し場に散らばる肉片を私は人間のものとは思えずに、まるで違う世界での出来事のように捉えていた。

「大丈夫じゃあないよね?立てるかい?ゆっくり話そう…」

 棒を腰の鞘みたいなところに仕舞い、差し出された彼の手を私は取ることが出来なかった。彼は後に私の初期教育係になる神戸教官であり、薄黄色の髪が特徴的だった。家の中へ移動し、ダイニングの椅子に座ると彼は父と母は死んで生き返らないということと、先ほどの存在について知っている限りのことを話してくれた。信頼できる人間なのかどうなのかは置いておいて、説明された内容は頭に入ってきたが、至極当然のように理解することはできなかった。私は父と母の死体を見ていないのだ。一緒に食べた最後の朝ごはんの時の顔が過ぎる。

 笑顔だった二人はもう居ないのだろうか?

「折角だからそのご飯食べなよ。ご飯に掛からないように殺したから心配いらないよ。」

 目の前には未だ湯気の立ち上るパスタとスープ。先ほどの存在を見てから食欲はなく、寧ろ頭痛と腹痛で吐き気が襲ってきている。

「……お母さん……お父さん…」

 私自身、無意識のうちに目の前の夕食を食べていた。何か人間としての道から脱線した暗い密林に迷い込んで行く感覚が全身を包み支配していった。涙は止めどなく溢れ、作法も何も不恰好なまでの食べ方で料理の中に母と父の最後の温もりを探していた。


「君のお父さんとお母さんを殺めた存在を我々はNOTと呼称している。まあ、何か聞きたいのならばここに連絡すると良い。」

 彼は番号の書かれた紙を私に渡すと処理が終わった私の家から出て行った。あっさりとした別れだった。だが、これが私の人生のターニングポイントになったのだ。眠れず翌日になってその番号にかけると「十三委員会」という場所に繋がった。そこではNOTによって犠牲になった人々の援助を行っているとのことだった。私はこのまま大学に通えるとのことで十三委員会が全て出資すると話をしてくれたが、その話を私は断った。もう大学に行く理由も見つからない。NOTという存在を知ってしまった今となって私はもう安全にこの世界で生きていくことなんてできないのだ。

「すいませんが、私を助けてくれた人に繋いでくれませんか?」

 私が言ったその言葉に電話対応していた人は驚いたのか反応を詰まらせたが、「わかりました。少々お待ち下さい。五分ほどでこちらから掛けなおします」と言い残して電話の切断音が聞こえてきた。

 あの時、私が逃げて街の人たちに助けを求めていたならば、事態はもっと深刻になっていたことだろうが、人間として死ぬことが出来ただろう。悪魔と戦う血みどろの世界を知ることなく不幸だったと嘆いて死ねた。だがもう嘆くことは出来ない。NOTを知ってしまったから。NOTの身体能力のそれは人間をも軽く凌ぎ、NOT一体で何人の被害が出てしまうかなんて想像はできない。私は電話を掛けた時点である覚悟を決めていた。

 約束通り五分後に電話が掛かって来て出るとその声は昨日聞いた人の声だった。

「もしもし…君は、昨日の子かい?」

「…はい、ヴィルマといいます。」

「僕は神戸っていう。それでどうしたんだい?」

「私に生き抜く術を教えてください」

 それが十三委員会に入るきっかけだった。


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