赤羽のトナカイ4
「三田先輩♪ ここ空いてますよね?」
「また来たの? 美月」
美幸が呆れたように言ったけれど、美月は平気な顔で同じ学食のテーブルについた。
「あれ? 悟さんは?」
「悟くんは三時限目から校長室にお呼ばれよ」
わたしが答える。
「あんたの龍の件で」
「ああ、圭吾さんと相談ですか。先輩、今日は保護者同伴でしたものね」
「圭吾さんのこと、保護者って言うのやめてくれる?」
「だって本当に保護者じゃないですか。いいですよね、保護者と恋人同士。秘密感が漂って、胸キュンです」
わたしはあんたと話してると、胃がキュンだわ。
「あの後、司先生が動物用のミルクを手に入れてくれたんです。先輩の言った通り、ミミ――」
わたしは慌てて美月の口を塞いだ。
「ここで餌の話はしないっ!」
美月がコクコクとうなずいた。
「昨日、何かあったの?」
亜由美が尋ねた。
「美月の龍がちょっとね」
わたしは言葉を濁した。
「それより、黙って寄り道して、おまけにケータイも繋がらない所にいたから、圭吾さんの機嫌損ねちゃった」
「あれで? 十分優しかったじゃないですか」
と、美月。
「怒られはしないけどね」
わたしはため息をついた。
「あの後、大変だったのよ」
「心配かけた埋め合わせに、優しくしてって迫られた?」
亜由美にそう言われて、わたしは思わず赤面してしまった。
「あら、図星?」
「もう! そういうコト言うのやめてよ」
「どこまで奥手なのよ」
美幸が言う。
悪かったわね。
「ひょっとして先輩、まだ圭吾さんとやって――フガッ」
「はい、美月ちゃんそこまで。女の子が言うコトじゃないよ」
悟くんが後ろから美月の口を塞いで、ニッコリと笑っていた。
「あら、呼出し終了?」
「やめてよ、大野。人聞き悪い」
悟くんは亜由美の横に座った。
「まずは調査することになったよ」
悟くんがわたしに向かって言った。
「どうやって?」
「圭吾とうちの巧兄貴が、施設を見学に行く。巧兄貴は施設存続派、圭吾は反対派としてね」
「巧さんって、あの研究施設の存続に賛成なの?」
わたしが訊くと、悟くんは笑った。
「分かってないね。フェイクだよ。羽竜一族は当主の決定には異を唱えない」
「圭吾さんが間違っても?」
「間違ってもだ。当主の責任はそれくらい重い」
それじゃ、圭吾さんがかわいそう。
「だからこそ、圭吾にはしづ姫が必要なんだよ」
「わたしに何が出来るの?」
「ただそこにいればいい」
それだけ?
「何の事か見当もつかないけど」
亜由美が悟くんに言った。
「羽竜の仕事にあんたも参加なの?」
「僕は最近、圭吾の右腕と目されているんだ――ていのいい使いっ走りってことだけどね」
そうね。
わたしの子守役って事を抜きにしても、圭吾さんは悟くんをよく呼び出す。
信頼しているんだと思う。
「それと、しづ姫。昨日は僕の忠告を無視して、圭吾に連絡を入れなかったんだって?」
う……
「ちょっと忘れたの……」
「ちょっとねぇ」
「圭吾さん、悟くんに電話したんでしょ?」
「違うよ」
違う?
「あのさぁ、羽竜の土地にいる限り、圭吾がその気になれば、しづ姫がどこにいるかなんてすぐ分かるんだよ。でも、圭吾はなるべく君に普通に接しようとしている。あいつの努力を無駄にするな」
悟くんはわたしのお皿からミニトマトをつまんで食べた。
「『特別』っていうのは周りが思うほどよくはないんだ。なぁ、滝田?」
「えっ! 何でわたしに振るのよ」
美幸が慌てて言った。
「まあね。わたしも自分の能力が無かったらな、と思う時はあるわよ」
美幸は人に見えないモノが見える。
圭吾さんも自分の力をいらないと思ったりするのかしら?
「今日は無断で寄り道のしようもないけどね。待ってるから帰りに校長室に来てってさ」
悟くんはそう言ってニッと笑った。
「ほらね、僕は使いっぱしりさ――それに美月ちゃん、君もね」
「わたしですか?」
美月がキョトンとして顔を上げた。
「そっ、君だよ。昨日うちの大輔に卵を見つけた場所をきいたら、君との秘密の場所だからって口を割らなかった」
「ああ……こうなったら仕方ないですね」
美月は顔をしかめた。
「でも、わたしがしゃべったら大ちゃん怒るだろうな」
「絶対怒らないわよ」
亜由美が言った。
「男って損な生き物ね。女の子でよかった」




