赤羽のトナカイ3
次の朝、まだ薄暗いうちに目が覚めた。
いつものように、圭吾さんの腕がわたしを包み込んでいる。
温かい――と思った瞬間、昨夜の記憶が一気に蘇って、わたしはガバッと起き上がった。
「志鶴?」
眠りの浅い圭吾さんが、わたしの名を呼ぶ。
「トイレっ!」
わたしはベッドを飛び降りると、トイレに駆け込んだ。
鍵をかけて顔を覆う。
どうしよう。まともに圭吾さんと顔を合わせられる気がしない。
そうだ! このまま自分の部屋に戻ろう。二人っきりじゃなかったら少しは平気かも。
わたしはトイレを出て、つま先立ちで静かに歩いた。
寝室の前を通り、居間を抜け、階段へのドアのノブに手をかける。
そおっと そおっと……
「どこへ行く気?」
背後から声をかけられて、わたしは飛び上がった。
「志鶴?」
「ちょっと部屋まで」
声が上ずる。
「どうして?」
圭吾さんが静かな声で訊く。
恥ずかしいからに決まってるじゃない。分かってよぉ。
「こっちへおいで」
ああ、分かってくれない。
わたしは渋々振り向いた。圭吾さんは辛抱強くわたしを待っている。
やだなぁ もう。
わたしは目を合わさないようにして、圭吾さんの前まで行った。
「起きるのにはまだ早いよ。ベッドに戻ろう」
「えーと……もう眠くないかなぁ」
「昨日の夜の続きでもする?」
ひえっ!
「寝る。寝る。眠いから。絶対眠いから」
「そう? じゃあ、おいで」
差し出された手に、わたしは素直に自分の手を委ねた。
騙された気がする。
チラッと目を上げると、圭吾さんが小さく微笑んでいるように見えた。
「圭吾さんはずるい」
ベッドに連れ戻されて、わたしは言った。
「ずるいって?」
圭吾さんがわたしを腕の中に引き寄せ、わたしは圭吾さんの胸に頬をつけた。
「昨日、わたしの心の中、見たでしょう?」
「見えたよ。金色の光の真ん中に僕がいた。君は僕を愛してる。そして怖れてる」
「怖くなんかないわ」
「嘘つき。僕が君を物足りなく思うんじゃないかと怖れてる。だから触れられるのを嫌がる。どうしていいか分からないから。どうすれば僕が満足するのか分からないから」
その通りよ。
「僕はずるい。でも、志鶴はもっとずるい。僕の気持ちを知っているのに、平気で連絡もせずに出かけてしまう」
圭吾さんの腕に力がこもった。
「僕を不安にさせて、散々心配させて、でも『ごめんなさい』の一言で僕を骨抜きにしてしまう。なんでもいいから側にいてくれと思わせるんだ」
わたし、そんなつもりじゃないんだけど。
「だから僕はズルをする。何度でも」
圭吾さんはわたしの髪を撫でた。
「君を愛してるよ」
「わたしも愛してる」
わたしは圭吾さんの胸に向かって、口ごもりながら言った。
「言いづらそうだね」
圭吾さんの声が笑っている。
だって誰にも言ったことないもの。
「今日は司に会うから、一緒に学校へ行こう」
「うん」
「帰りも一緒に帰ろうか」
「うん」
「今、キスしようか」
「うん――って」
うわっ、嘘ぉ! ずるいっ!
圭吾さんは笑いながらわたしを仰向けにすると、唇に長々とキスをした。
「勝手に僕を置いていこうとした罰だよ」
ちょっと! 首にキスするのやめて!
ホントにずるいんだからっ!
結局、わたしはいつだって圭吾さんの言いなりで……
でも、
愛してるわ。




