真昼の園に潜むもの 1
もう もう もう ムカつく!
ホントにホントに何なんだ、あの女はっ!
あんまり頭に来てすごい顔してたのか、出迎えてくれた和子さんの『お帰りなさいませ』という言葉が途中で止まった。
「志鶴様、どうかなさいましたか?」
「和子さんっ!」
「は…はい……」
「『とうりゅう』ってなんですか?」
「は? 闘龍でございますか? 闘う龍と書いて闘龍と呼びます。この地域の伝統的な競い事でございますよ」
「それだわ! それよ!」
勢い込んで詰め寄ると、和子さんが一歩二歩と後ずさりする。
「それどうやってやるの? わたしもやりたいっ!」
「まあ志鶴ちゃん、大きな声でどうしたの?」
居間のドアから貴子伯母様が顔を出した。
「お……お、伯母様、伯母様! 闘龍ってどうやるの?」
「落ち着いて、志鶴ちゃん。こちらへいらっしゃい。ばあや、ココアでも出してあげて」
あーもう!
居間のソファに座るのももどかしい。
「伯母様、わたし闘龍をやりたいの」
「まあ…どこで闘龍の話を聞いたのかしら?」
「学校です! 食堂でっ! 『龍も持ってないの?』って」
「――って 誰に言われたんだい?」
――って 圭吾さん?
窓側のコーヒーテーブルで圭吾さんがカップを持ってこっちを見てる。
「圭吾さん、さっきからそこにいた?」
「もちろん」
本当に?
どうも圭吾さんって神出鬼没。
この間だって、信号待ちのバスの中から圭吾さんを見かけた。竜城神社の前だった。なのに家に帰ったら、圭吾さんはいた。『出かけてた?』って訊いたら、『家にいたよ』って。
見間違いじゃない。あれは絶対に圭吾さんだった。
第一、彩名さんのアトリエで初めて会った時も、どう考えても普通じゃない。
絶対変だよ。
でも 家の人は誰も疑問に思ってないみたいなんだよね。
「志鶴?」
「あ、はい」
「誰に何を言われたって?」
「下級生で竜田川美月って子」
1年A組のその子は人目を引く美少女だった。学校の食堂で後ろに並ばれた時は、あまりの可愛さに三度見したくらいだ。
「じろじろ見るのやめてくれる?」
どういうわけか、彼女は最初っからわたしに敵意むき出しだった。
「あ、ゴメンね。すごく可愛いから、見とれちゃって」
「そう。そっちは大したことないのね。羽竜本家にいるっていうから、どんな美人かと思ったら……ガッカリ」
はあっ? 何であんたにガッカリされなきゃなんないのよっ!
ムカッとしたけど、生まれてこの方口げんかなんてしたことがないわたしは、言われっぱなし……
「ああ、あの娘か」
「従妹だって言うんじゃないでしょうね」
「遠縁だよ。縁戚っていうとこかな」
またか。親戚じゃない人ってこの町にいるのかな。
「その子が闘龍の話をしてきて、あんまりにも当てこすりみたいな事を言うから頭にきちゃったの」
他にも会うたびに、聞こえよがしにイヤミな事をチクチクと言ってきてたんだよね。
「それで闘龍をやろうと思ったのか」
「ええと……そうじゃなくてね」
「そうじゃない?」
「売り言葉に買い言葉で、闘龍くらいできるって、自分の龍くらい持ってるって言っちゃった」
生まれて初めて口げんかをしたわけよ。
圭吾さんは呆気にとられたような顔をした。
そうだよね、自分でも馬鹿だと思うもの。
「そう言ったのか? 闘龍がどんなものか知らないのに?」
「そう」
「闘龍用の龍を見た事もないのに?」
「うん」
一瞬の沈黙の後、圭吾さんはゲラゲラと笑い出した。
そんなに笑う事ぁないでしょ。
ココアを持ってきてくれた和子さんが『まあ』と呟いた。
「君にはちょっと無理だと思うよ」
笑いながら言う圭吾さんの言葉にムッとした。
「頭から決めつけなくてもいいでしょう? だいたい『龍』って何?」
「文字通り龍だよ。ドラゴンさ」
へっ?
「ほら――」
圭吾さんが軽く手を上げると、バサバサッという羽音がした。
伯母さまと和子さんが小さく悲鳴をあげる。
目の前でホバーリングしているのは小型犬くらいの大きさの生き物で、コウモリみたいな薄い膜のついた翼を広げていた。
爬虫類独特の金色の目。真っ黒な鱗に覆われたゴツゴツした皮膚。ややがに股気味の足には鋭い爪がついていた。
キーッ
きしむような声でそいつが鳴いた。
「なんだ、羽トカゲの事?」
わたしは飛んでいるそいつに手をのばした。喉の奥をキュキュッと鳴らして鳴き声を真似る。
するとそいつはクルクル旋回してから、鷹狩の鷹みたいにわたしの腕にとまった。
「なんて事でしょう……」
伯母様がささやくように言った。
和子さんは腰を抜かしたように床に座り込み、圭吾さんは無言だ。
「なあに? ママも飼っていたわよ。こんなに大きくなくて真っ白いやつ」
沈黙を破って圭吾さんが咳ばらいをした。
「どうやら、君の龍を選んだ方がよさそうだな」