美月 来たりて4
「えっ? でもほら翼があるんですよ」
美月は、折りたたまれているまだ華奢な翼を摘んで広げた。
確かにそれは赤龍の翼によく似ていた。
だけど、これはどう見たって……
「わたしが思うに、これは鹿の仲間じゃない?」
「いやですねぇ、先輩。鹿に翼はありませんよ」
「そうよね……でも、何か似てると思うの」
わたしは言葉を切って美月の顔を伺った。
この子に分かるかなぁ。
「――トナカイに」
「トナカイ?」
美月は素っ頓狂な声を上げた。
「あの、サンタクロースのソリを引っ張る?」
わたしは頷いた。
よかった。それくらいは知ってるわよね。
「三田先輩、知らないんですか? トナカイの翼は鳥のように羽がついてるんですよ」
美月ぃ~ トナカイに翼はないのよぉ。
「これ餌は何をやってるの?」
「龍と同じですよ。昆虫とかミミズとか」
「食べる?」
「食は細いですね。ミミズのすり潰したのは少し。栄養剤混ぜてます」
うへぇ。すり潰してるの?
「この子がトナカイの突然変異だとしたら、動物用のミルクの方がいいと思う。少し大きくなったら草を食べるんじゃないかな」
「でもトナカイなら、卵からは生まれませんよ」
それなのよ。
「あのね、美月」
わたしは、圭吾さんが言っていた研究所の話をした。
これは、遺伝子操作の動物実験の結果じゃないのかしら?
「やっぱり、常盤さんって怪しい人なんだ」
と、妙に納得したように美月が言う。
怪しいのは顔のせいじゃないからね。
「とにかく、この子を司先生に見せて。常盤さんに気づかれないようにね。わたしは圭吾さんに話すから。後は二人が何とかしてくれる」
圭吾さん――って、やばっ!
わたしは慌てて携帯電話を取り出した。
もうこんな時間! 着信はないみたいだけど。
「ああ先輩、この温室は電波状況悪いんでケータイは使えませんよ」
それ何? 嘘って言って。
うわぁん 嫌な予感がする。
「美月? 志鶴さん?」
細く開いた鉄のドアの間から声がする。優月さんだ。
「お姉ちゃん? 待って、今行くから」
美月は急いでケージの蓋を閉めた。
わたし達が温室から出て行くと、優月さんはホッとしたような笑顔を見せた。
「ごめんなさいね。離れている龍には、いまだに慣れなくて。圭吾……圭吾さんから電話があったわ。こちらに迎えに来るそうよ」
ああ、やっぱり。
「圭吾さん、怒ってました?」
わたしは恐る恐る訊いた。
「いいえ。でも何だか慌てていたみたい」
怒ってるより悪いかも。
「お姉ちゃん、今日は司先生来る?」
美月が尋ねる。
「え? ええ、後で来るわ。どうかした?」
「ちょっとお願いがあるの。常盤さんはまだいる?」
「いるわよ。お父さんが帰って来て、今、二人でお話中よ」
じゃ、後は頼んだわ美月。
「わたし、玄関で圭吾さんを待ってます」
わたしがそう言うと、優月さんが『まあ、ダメよ』と言った。
結局、居間に通されて、美月のお母さんが、お茶とお菓子を出してくれた。
美月が、龍の冬越しの事をとうとうと語りだす。
「この子、学校でもこうなんですか?」
お母さんが半ば呆れたように言った。
普通のおうち。
子煩悩なお父さん、学校の様子を心配するお母さん、時々里帰りしてくる優しいお姉さん。
素敵なおうち。
いつか、わたしもこんなふうに家族を持つわ。




