美月 来たりて3
「そういう事は圭吾さんに直接お聞きになったら?」
「聞いたさ。『あなたには関係ない』で終わり。一体、どこの家と手を結んだのか、気になってしょうがない」
常盤さんは顔をしかめた。
「家ですか?」
「そう! 知っているかい?」
「圭吾さんは、政略結婚のような事はしません」
だって、わたしはただの女の子だもの。
「乙女の幻想を壊して悪いんだけどね、大人の世界はそんなに甘いものではないんだよ、お嬢ちゃん」
大人の打算を壊して悪いんだけど、羽竜の家の勤めには家柄なんて何の役にも立たないわ、お兄さん。
「わたしからお教えする事は何もありません」
わたしは笑顔で言った。
「もう、常盤さん!」
美月が常盤さんを押し返した。
「三田先輩は、わたしのお客様なんですってば!」
「三田? 君、羽竜姓じゃないの?」
「羽竜だと言った覚えはありませんけど。失礼します」
わたしは美月に引っ張られるようにしてその場を去った。
「はぁ~、先輩が自分で圭吾さんの婚約者だってばらすんじゃないかとハラハラしましたよ」
美月は疲れたように言った。
「ばらしちゃまずいの?」
「殺されちゃうかもしれません」
美月はブルッと身震いしてみせた。
「邪魔者は消すタイプだと思いませんか?」
そんな危険な人には見えなかったけど。
「あのテの顔は、サスペンスドラマで必ず犯人なんです」
おいおい……
「だいたい、政治家の秘書なんて商売自体が怪しい」
商売じゃないし。真っ当な職業じゃないの?
「自分の出世の邪魔になる恋人を三人くらい、事故に見せかけて始末してるかもしれません」
「美月、それ偏見っていうか、テレビの見すぎ」
「夢のない事言わないで下さいよ。わたしの予想の方が絶対に面白いです」
面白いとかの問題なの?
美月は、廊下の突き当たりにあるスチール製の白い扉の前で立ち止まった。
学校の防火扉に似ている。
「この向こうで龍を飼ってるんです――いよっと」
美月が扉を開けた。
「左側にサンダル置いてあるんで、使って下さい」
うわぁ。
扉の向こうは天井の高い、ガラス張りの温室だった。
空を水平に切って、赤龍が美月の元に飛んできた。
「ただいま、ベニ」
龍が挨拶するように鼻を美月の髪に突っ込んだ。
「あんたって、根っからの龍好きね」
わたしが言うと、美月はニッコリと笑った。
「龍って人間の言葉が分かると思いませんか?」
「犬や猫よりは分かるみたいね」
「わたしはテレパシーがあるって思うんです」
「わたしもそう思う」
少しばかり考えてから、わたしは言った。
「そうでしょう? 先輩なら分かってくれると思いました!」
「あんたがわたし達の仲間に入りたがるのは、わたしが闘龍をやるから?」
「それもありますけど、わたし、三田先輩が羨ましいんです。友達に囲まれていて」
「あんたの方が取り巻きがいっぱいいるじゃない」
「それですよ」
美月は顔を曇らせた。
「あの子達は『取り巻き』なんです。わたしの顔と頭がいいから」
あんたが言うとイヤミにならないから、不思議よ。
「大野先輩も滝田先輩も、自分は闘龍をやらなくてもちゃんと話を聞いてくれるでしょ?」
今日は逃げたけどね。
「わたし、今までずっと話したい話を我慢して、人に合わせて来たんです。ファッションなんてどうでもいいし、芸能人もどうでもいい。なのにいかにも興味があるように振る舞って――」
「疲れちゃったのね?」
美月はコクンとうなずいた。
「わたし、お姉ちゃんみたいになりたかったんです」
その気持ちは分かるわ。
「美月は美月でいいじゃないの。ここだって、美月のためだけの場所でしょ?」
「はい、父が作ってくれました」
「美月のことよく分かってくれてる証拠じゃない。本当の友達だってできるわよ。あんたが、分かってもらえないって決めつけなきゃね」
「うーん、頑張ってみます。あっ、でも先輩達の仲間には入れて下さいね」
う……懲りない子ね。
「まあ、とりあえず、あんたの赤ちゃん龍を見せてちょうだい」
「そう! それでした。こっちです!」
美月が急に動いたので、肩に留まっていた赤龍が飛んで行った。
「でも、どうして卵を持ってたの?」
龍の繁殖時期は夏だ。
「大ちゃんと野生の龍を見に行ったんですよ。海岸の方に秘密の場所がありまして、そこで見つけたんです。この時期、珍しいですよね。砂から完全に出た状態だったから、もうダメかなぁとも思ったんですけど、上手く孵りました」
美月は大きなケージの前までわたしを連れて行った。
「この中です。とにかく変わっているんですよ。鱗が毛みたいに細くて、爪の形も四角いし。だんだん角も出て来たんですよね」
ケージの上側の柵は外せるようになっているらしく、美月が止め金を外して持ち上げた。
「ただいま、ベイビー。お客様よ」
中にいた龍がキュウと鳴いた。
えっ! ちょっと待ってよ……
「美月、この子……龍じゃないわ」




