ガールズトーク
「今度の土曜日、美幸の家に泊まりに行っていい?」
学校から帰って来るなり志鶴が言う。
うーん。
僕は渋った。志鶴がいない週末なんて、考えたくもない。
「ねぇ、いいでしょ? いいって言って!」
ダメって言いたい。でも、君の落胆した顔は見たくない。
「ねぇ、何でも言うこと聞くから」
何でも? じゃあ、君を抱かせてよ。
「お願い。お願い。お願い! ねぇ、圭吾さん」
くそっ!
「分かった」
僕はうなるように返事をした。
「やったぁ!」
志鶴が飛び跳ねる。
そんなに嬉しいかい?
僕はむくれる。
「勉強会でもやるの?」
僕が訊くと、志鶴は人差し指を小生意気に振った。
「ち・が・う。パジャマパーティーよ。ガールズトークをするの」
僕は吹き出しそうになった。
ガールズトークってもの、分かってる?
まあ、少し友達にレクチャーしてもらうんだね。
「ふうん。面子は?」
「美幸でしょ」
開催者だものな。
「亜由美でしょ」
いつものメンバーか。
「美月でしょ」
美月?
「それと、わたし」
「美月って?」
「竜田川美月。一年の」
はぁっ?
竜田川美月は、僕の元恋人、優月の妹だ。
志鶴に優月とのことを話したことはないが、どうせ周りの誰かから聞いているだろう。
「上級生の集まりに参加するなんて珍しいね。志鶴とはあんまり仲が良くなかったんじゃない?」
「最近そうでもない。学食でわたし達がこの話をしていたら、仲間に入れてくれって粘られて。闘龍の話をしたいんじゃないかな」
志鶴と美月はこの地域の伝統競技『闘龍』の競技者だ。
ずっと闘龍の話をしててくれればいいけど。
美月は、優月と付き合っていた高校生の頃から、志鶴がうちに来るまでの僕の不品行をよく知っている。
しかも何の悪気もなく暴露しそうだ。
志鶴には知られたくない。
優月にベタ惚れだったことも。フラれて自棄になって酒浸りになった日々も。寂しくて取っ替え引っ替え女と付き合ったことも。復讐心に駆られて従兄の司を冷遇し続けたことも。
羽竜本家の冷たい当主ではなく、志鶴だけの『優しい圭吾さん』として見ていてもらいたい。
どうすりゃいいんだ?
いまさら志鶴に行くなとも言えない。自業自得という言葉が胸をよぎった。
死刑執行を待つような気分で週末を迎えた。
「圭吾さん、帰って来たら埋め合わせするから」
暗い気分の僕を誤解して志鶴が言った。
「楽しんでおいで」
なんとか笑顔で志鶴を送り出した後、僕は部屋にこもった。
家の者はその方がホッとするだろう。
志鶴がいない時は僕は気難しくなるから。
ああ、どうか志鶴が今の僕を信じてくれますように。
今の僕だけ見てくれますように。
志鶴は僕の手に落ちてきた天からの奇跡だ。絶対に離したくない。どんな汚い手を使っても。
だけど、できることなら幻滅されたくないんだ。
眠れない夜を僕に与えて、翌日の午後、志鶴は帰って来た。
僕の顔を見るなり、すねたように口を尖らせる。
ああ、一体何を耳にしたんだ?
「圭吾さん」
「ん? 何?」
「みんなと話してて、気がついたことがあるの」
冷や汗が出る。
「圭吾さん、わたしにプロポーズしてくれてない」
えっ?
「しただろう?」
「してない。『志鶴がいいから考えておいてくれ』って言っただけだもん。どうしてちゃんとプロポーズしてくれないの?」
情けない理由からだよ。
「ちゃんとプロポーズしたら断られるかもしれないから」
志鶴は驚いたように瞬きをしてから、ニッコリと笑った。
「絶対にイエスって言うからプロポーズして」
よかった。そんな楽なプロポーズならいくらでも。
僕は思いつく限りの甘い言葉を並べ立たて、プロポーズした。
志鶴は泣き笑いしながら『はい』と答える。
とりあえず助かった。
僕は、志鶴を抱きしめながらそう思った。
僕らの周囲の人間には、箝口令を敷いてやる。
僕の決心をよそに、志鶴は幸せそうに僕を抱きしめた。




