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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第1話 裏庭に龍?な はじまり編
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始まりの朝 4

 羽竜家に来て二週間たって、やっと親父からメールが入った。


 隣国の空港から車で三日ぁ?

 そんなところにいるの?


 衛星携帯と、時々途切れるというホテルの電話番号が書いてある。

 一番確実な連絡手段はEメールか。


 わたしを連れて行けないはずだよね。

 こっちは元気にやってるよ、親父


 ここの家族のリズムにわたしの存在も組み込まれるようになったと思う。

 食事はいつも揃って食べる。圭吾さんの隣がわたしの定位置。

 貴子伯母さんや彩名さんは出かける事も多いけれど、圭吾さんはわたしの帰宅時間には必ず家にいる。お休みの日も、わたしの休日に合わせている気がする。

 一度だけ、圭吾さんが出かけていた日があって、自分でも驚くほどガッカリした。


『圭吾さんはお仕事。いちいち騒がない』


 呪文のように自分に言い聞かせていたのに、圭吾さんが帰って来た途端に全部吹っ飛んでしまった。


「鳥の雛みたいだな」

 圭吾さんが笑った。


 それって、うるさいって事?


 圭吾さんは心配になったわたしを見て、

「可愛いって事だよ」

 と、頭を撫でた。


「圭吾は本当に志鶴ちゃんがかわいいのね」

 伯母さんにそう言われて、自分がだんだん圭吾さんに心を開いている事に気づいた。


 最初は怖かった和子さんにも慣れた。

 ただ、親父から行儀作法をしつけてくれと頼まれたらしく、言葉遣いから歩き方まで徹底的に直されている。


「伯母さんではなく、伯母様とお呼び下さい。それからお父様を『親父』と呼ぶのは以っての外です」


 へいへい


「あまり厳しくするなよ」

 見兼ねて圭吾さんが口を挟むと、反対に和子さんに叱られた。

「圭吾様は志鶴様のことを少し甘やかし過ぎです」


 少し? 少しなんてものじゃないでしょう。

 圭吾さんは、わたしから見ても大甘だ。


「三田様が大切にお育てになったのは分かりますし、家事一般はおできになるようですが、何せ男手ひとつですから。志鶴様には優雅さというものが欠けておられます」


 あー 優雅さね。

 確かに、一番わたしに縁のない言葉だわ。


「三田様もそれが一番心配で、奥様に預けられたのです」

「志鶴を預かっているのは、僕だぞ」

 圭吾さんは顔をしかめた。

「屁理屈はお止め下さい。お父様のご意向が第一でございます。それに、お嫁に行かれる時に一番苦労するのは志鶴様なのですよ」


 いや、そんなご大層な家には嫁に行かないし


 圭吾さんはちょっと考え込んだ。

「いっそ嫁にやらないで、ずっとここに置いたらどうだ?」


 圭吾さん、それもどうかと……


 和子さんも少し考え込んでから

「それも悪くはございませんが」

 と言った。


 ええっ? それ、あり?


「まだ高校生だ。ずっとうちにいるなら、ゆっくりやっても間に合うだろう?」

「圭吾様がそうおっしゃるなら……」


 待った!


「わたしだってお嫁に行きたい」


 和子さんがニコッと笑った。

「だ、そうでございますよ」

 圭吾さんは顔をしかめた。

「うちにいる方が楽しいよ」


 いつまでも、って訳に行かないでしょ。


「彩名さんみたいになりたいもん」


 わたしがそう言うと、圭吾さんは疑わしげな顔で

「あんまり無理するなよ」

 と言った。




「ねえ、和子さん」

 わたしは、手にしたお花をじっと見ながら言った。

「何でございますか?」

「ここのお家、仏壇はないの?」

「ございませんよ――志鶴様、もう少し長くお切り下さい」

 わたしは心持ち長めに花の茎を落とした。

 生け花って難しい。

「当家は、というよりこの辺りのお宅は神道ですから、神棚だけです」

 そういえば、通学途中のバスで大きな神社の前を通りかかる。

 竜城たつき神社といって、龍神様を奉っていると友達が教えてくれた。

「ふうん」

「急にどうなさいました?」

「ママのお仏壇ね、扉を閉めて、うちにそのままなの。お水もご飯も上げてない」

 わたしは剣山に小菊を挿した。

「お花も」

 和子さんは少し押し黙ってから

「小さな花瓶を差し上げます」

 と言った。

「お母様に差し上げるつもりで、お部屋にお飾りなさいまし。お仏壇は形に過ぎません。お母様は志鶴様の心の中にいらっしゃいますよ」


 そうね。


「話してよかった。ずっと気になってたの」

「お役に立ててようございました。それにしても、お母様に差し上げるのなら、もう少し精進して腕を上げていただかなくては」

 和子さんはわたしの活けたお花を見て、顔をしかめた。

「元気ばかりがよくて、趣がございませんね」


 まんま、わたしじゃない。


「まあ、圭吾様がおそばに置きたくなるお気持ちも分からないでもありませんね」

「元気だから?」

「気持ちよいほど真っ直ぐだからですよ――脚を崩されては? 急に長時間の正座は無理でございますよ」


 は……早く言って

 イテッ! イタタタタ


「それに、見ていて飽きませんもの」

 和子さんはホホホと笑った。


 見てなさいよ。

 みんなが驚くようなお嬢様になってみせるんだから!




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