この佳き日に
この佳き日に、
僕はうんざりしてる。
一族の長なんてなるもんじゃない。
おかげで、自分の従兄とかつての恋人の結婚式に参列するはめに陥っている。
白無垢の優月は綺麗だ。
信じられないほど綺麗だ。
あの紅い唇に何度も口づけしたのに。あの白い首筋を何度も愛撫したのに――僕を裏切った不実な恋人。
もう一つ信じられないのは従兄の司で、自分の従弟と寝ていた女を、よく嫁にする気になったものだ。
誰もが僕を憐れんでるに違いない。
本当の事を言うと、僕は知っている。
優月は最初っから、司を愛していたんだ。
あの頃――僕と優月が付き合っていた頃、僕らはまだ高校生で、司は教師だった。
司も優月が好きだったんだろう。
だから僕らが大人になって、何の障害もなくなったとたんに、僕はお払い箱さ。
早く志鶴に会いたい。僕だけを愛してくれる志鶴に。
あの真っ直ぐな瞳で見つめられたい。
僕の、僕だけの 小さな志鶴。
細い腕を僕の首にまわして、物足りないほどあっけないキスをしてくれ。
小さな声で僕の名を呼んで、『大好き』って言ってくれ。
やっと式が終わって、僕は披露宴会場に向かった。
姉の彩名と一緒に志鶴が来ているはずだ。
水色のサテンのドレスを着た彩名はすぐに見つかった。親戚達に囲まれている。
志鶴はどこだ?
その時、僕に背を向けて立っていた着物姿の女性が振り返った。
志鶴だ。
濃紅の艶やかな振袖。銀糸の帯はまるで蝶のよう。長い黒髪はきれいに編み込んで。
志鶴は普段よりずっと、大人びて美しく見えた。
「圭吾さん」
志鶴は、満面の笑みを浮かべて僕を出迎えた。
僕は身を屈めて、そっと志鶴の頬にキスをする。
「驚いた。すごく綺麗だよ」
「あのね、花嫁さんに失礼にならない程度でめいっぱい綺麗になりたかったの」
志鶴は頬を染めて、そう言った。
僕のために。そうなんだね?
この佳き日に、
もう誰も、僕を憐れんだりはしないだろう。
さようなら 優月。
僕の初恋の人。
司と幸せになるがいい。
「このまま床の間に飾っておきたいくらいだな」
「いやよ。結構苦しいんだから。帰ったら脱ぐの手伝ってね」
志鶴は無邪気すぎて、どんなすごいことを言ってるのか気づいてないらしい。
「喜んで手伝わせてもらうよ」
僕は笑いをこらえて答えた。




