優しい嘘
従弟の悟が電話をよこした。
――今日、しづ姫が他校の男子から手紙付きで告白された
「まあ、そういう事もあるだろう」
――おっ、余裕だね。だけど僕が忠告しておきたいのはね
悟が言うには、
志鶴はその場で『好きな人がいるから』と断ったらしい。ただ、手紙だけでも読んでほしいと言われて、受け取ってしまったのだ。
志鶴の性格上、読まずに捨てる事は有り得ない。
ひょっとしたら、読んでも捨てられないかもしれない。
だから、志鶴の態度がおかしくても追及するな。
手紙を見つけても気付かなかったふりをしろ。
――圭吾には絶対言わないでくれって口止めされたんだけどね
「それなのにわざわざ電話してまでご注進か?」
――時には優しい嘘も必要なんだよ。お姫様を泣かすなよ
「優しい嘘か……」
きっと志鶴は後ろめたい事だろう。
手紙を受け取ったと知ったなら、僕が傷つくと思う事だろう。
挙動不審になるのが目に見えるようだ。
まあ確かに、僕にとっては面白くない状況だ。
だけど
その手紙が、志鶴が僕以外の誰かから受け取る、最初で最後のラブレターかもしれない。
僕は愛の名の下に、志鶴から全てを奪ってはいないか?
片思いのときめきも、告白される喜びも、高校生の女の子が通り過ぎていくはずの思い出の全てを。
僕は奪っていないか?
「圭吾さん、ただいま!」
間もなく帰って来た志鶴は目が異様に輝き、頬も紅潮していた。
落ち着きもないし、やたら口数が多い。
「今日は何か変わった事あった?」
僕が意地悪く訊くと、志鶴は明らかにギクッとして『何も』と答えた。
サンクス、悟。
何も知らなかったら、僕は徹底的に志鶴を追及して泣かせていただろう。
拙いごまかしがおかしくて、可愛くて、愛おしくて、僕は微笑んだ。
「志鶴」
「なぁに?」
「次の休みにデートしようか?」
「本当? あのね、圭吾さんと行きたいところがあるの」
「そう? 志鶴が行きたいところなら、どこでも付き合うよ」
志鶴はにっこり笑って僕の首に抱きついた。
「圭吾さん、大好き」
ああ、
君のその言葉さえ真実ならば、後は全て嘘でも構わない。
いや、
その言葉さえ優しい嘘でも構わないんだ。
君が永遠に僕のものでいてくれるなら。




