安堵と心配4
「まったく! ちょっと目を離したらこれだ」
圭吾さんが苛立ったように言う。
「目は離してなかったじゃないか」
悟くんがまぜっ返した。
「じゃあ、ちょっと手を離したら、だ!」
「ちょっと中学の時の同級生と話してただけじゃない」
悟くんの隣に座って小声で言うと、圭吾さんにジロッとにらまれた。
「男の嫉妬は見苦しいぞ、圭吾」
と、悟くん。
「分かってる!」
圭吾さんは、一番後の通路を気を落ち着けるように歩き回った。
「許してやって」
悟くんが、わたしにささやいた。
「彼女を取られるんじゃないかって不安は、圭吾のトラウマだから」
「分かってる」
わたしも、ささやくように言った。
航太のクラスメートの子が言った通りなんだ。圭吾さんだって自信があるわけじゃない。
「圭吾さん、歩き回るのはやめてこっちに来て」
圭吾さんは足を止めて空を見上げた。
それから意を決したように戻って来ると、わたしの横に座った。
「ゴメン」
圭吾さんはうつむきながらボソッと言った。
「二人で話して。僕は夏実ちゃんのところに座るから」
悟くんは立ち上がると前の方に歩いて行った。
「大人げなかった」
圭吾さんはうつむいたまま言った。
「どうすれば圭吾さんは安心するの?」
「完全には無理だよ。君の雷恐怖症と一緒だ。自分の恐怖心を理解して、受け入れるしかない」
ただのヤキモチじゃないの?
「怖いの?」
圭吾さんがうなずく。
優月さんはそんなにこの人を傷つけたの?
「わたしが側にいたら、いくらかマシ?」
「君が側にいてくれるなら何もいらない。それなのに僕には不安要素ばかりある」
圭吾さんは顔を上げてわたしを見た。
「僕はこうやって旅行はできるが、別の土地に住む事は許されない。もし君が別の土地の大学に行きたいって言ったら? もっと都会に住みたいって言ったら? お父さんみたいに海外で仕事をしたいって言ったら? 僕はどうすればいい?」
「行くなって言えば?」
「僕には言えない」
「いつもみたいに、ズルすればいいじゃない」
「そうだね。でも、きっと最後には諦めて君を行かせるだろう」
涙がこぼれそうになった。
わたしは咳ばらいすると前を向き、圭吾さんの腕に自分の腕をからめた。
サッカーの後半戦が、始まろうとしていた。
「圭吾さんがいなかったら、誰が魔女をやっつけてくれるの?」
わたしは前を向いたまま言った。
「雷が鳴ったら、誰が抱きしめてくれるって言うの?」
圭吾さんの肩に、そっと頭を寄せる。
「待ってて。きっと、ちゃんと圭吾さんの本物の恋人になってみせる」
「楽しみにしてるよ」
サッカーの試合は続いている。航太がボールを勢いよく蹴った。
「あっ!」
「おっ!」
嘘みたい。
航太が蹴ったボールがゴールに吸い込まれるようにネットを揺らした。
「入った?」
「入った」
ワッと歓声が起こる。
なっちゃんが跳ねてる。みんなが航太の名前を呼んでる。
ここはここで幸せだったけど――
「圭吾さん」
わたしは圭吾さんの耳元に口を寄せた。
「明日、帰りましょう。わたし達の家に。わたし達の裏庭に」
「そうだね」
「そしてわたしのために、ピザのお店を作って」
わたしが、どこにも行かなくていいように。
「了解」
圭吾さんは微笑んで、わたしを抱きしめた。
― 第三話 終 ―




