呪縛4
「これより先は、この羽竜圭吾が三田志鶴への呪詛を代わり受ける」
圭吾さんの声が響き渡る。
わたしの少し先がキラキラ光って、空中から悟くんが床に飛び降りて来た。
小脇に額縁のような物を抱えている。
「うわっ! ひどいよ、圭吾。にわかだってのは分かるけどさ、もうちょっとマシな線を引いてくれない?」
「悪い。探し物はそれか?」
「そうみたい」
悟くんが額縁を持ち直した。
真紅のドレスを身にまとった、黒髪の貴婦人の肖像画だ。
「裏書きがあるよ。『明治十八年 久慈 律 男爵夫人の像』 これ、あなただよね?」
「小賢しい! その絵を破ったとしても、わたくしに害をなすことはできなくてよ」
「その絵に封じる事はできる」
圭吾さんが言う。
「元々その絵に宿っていたのだろう?」
「わたくしは魔王サタンの忠実な僕。お前達ごときに封じられると思うのか」
「分かってないね」
悟くんが肩をすくめた。
「あなたは、たかだか外国の邪神の使徒だろう? 僕ら羽竜一族は龍神の子だ。しかも、一族の長はその地位に就く時に、龍神の力の一部を借り受ける――あなたが前にしているのは龍神の力だよ」
圭吾さんはわたしを自分の後に下がらせると、両手を音高く一拍打ち鳴らした。
「久慈律。僕からあなたへの呪詛返しは済んでいる。あなたに知らしめる事により、今この時、呪いは成り立った」
「なんですって?」
「あなたがどこで呪術を学んだかは知らないが、呪詛というのは、相手が呪いを受けているのを知らなければ成立しない。あなたが志鶴に紙人形で影を送りつけたのは、そのためだろう? だが、それは同時に、あなたの存在を僕に知らせる危険もはらんでいたんだ」
彼女は弾かれたように立ち上がると、後ずさりした。
「あなたは僕の呪縛の内にある」
「地獄にまします我等がサタン――」
「無駄だ。召喚する時間はない」
圭吾さんがもう一拍打ち鳴らす。
「禍が糸切れよ。禍が言枯れよ。禍が魂消えよ」
ヒッと短い悲鳴の後に、彼女が喘ぐように上を向いた。その口から、無数の黒い蝶のような物が溢れ出てくる。
「疾く去ね」
圭吾さんの言葉とともに、黒い蝶は羽音をたてて、悟くんの持つ絵に吸い込まれていった。
彼女が崩れ落ちるように床に倒れる。
「封じた!」
圭吾さんがそう言うと、悟くんはニッと笑った。
「圭吾、しづ姫の耳ふさいで――燃えよ」
圭吾さんが、慌ててわたしの両耳を手でふさいで抱き寄せた。
何? 何なの?
ふさがれた耳に、かすかに叫び声のようなものが聞こえた。
しばらくして圭吾さんが手を離した。
「ねえ、どうなってるの?」
わたしが言うと、悟くんは手にした額を眺めて顔をしかめた。
絵は、わたしからは見えない。
「こいつは見ない方がいいな」
悟くんが言う。
「胸が悪くなるよ。どうやら僕には画才がないらしい」
「どれ」
と、圭吾さんが回り込んで絵を見る。
「ひどいな。悪魔崇拝の遺物なんてどこに納めればいいんだろう。キリスト教の教会か?」
「寺でいいんじゃない? お祓いして焚き上げしてくれるようなさ。封じ込めたわけだし、この絵が消えればそれでいいんだろ?」
「それは、俺に処分させてくれないか?」
思いがけない声に、わたし達は一斉に振り向いた。床の上に座り込んでいた村瀬さんだった。
「久慈律は、俺の先祖なんだ」
ええっ? そうなの?
「男爵夫人が乗り移っていたその女性は?」
圭吾さんが尋ねた。
「俺の姉だ。律は八年前には俺の妻に乗り移っていた。すまん志鶴ちゃん。俺は何が起きているのか薄々分かっていたが、どうすることも出来なかった」
村瀬さんは頭を下げた。
「三田に、君を連れて外国に移り住むように警告するのが精一杯だった」




