表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第3話 魔女とわたしの黒魔術編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/171

呪縛3

 アロマキャンドルの甘ったるい匂いがした。むせ返るような、ローズ系の匂いだ。


「これはまた悪趣味だな」

 圭吾さんが言った。


 黒い暗幕で壁も窓も覆われた暗い部屋を、燭台のロウソクの火がユラユラと照らし出していた。

 つやつやと赤みがかった色の木のフローリングも、灯を受けて光っている。部屋の奥の、黒い布で覆われた細長いテーブルには、深紅のバラ。


 そして、


 彼女がいた。


 黒いレースのワンピースを身にまとい、婉然と微笑んで背もたれの高い椅子に腰掛けている。

 あの日と全然違う顔。でも、あの人に間違いない。


「ようこそ。長いこと待っていたのよ、志鶴ちゃん」


 この声だ。


「その男の手を離して、こちらへいらっしゃい」


 圭吾さんの指に力がこもる。


「心を強く持って」

 圭吾さんが言う。

「無駄よ」

 彼女が嘲笑うように言う。

「その娘が、何年間わたくしの呪縛の中にいると思うの? 昨日今日愛をささやいた程度の男に、その呪詛が解けるとでも?」

「それなら、なぜ、今まで何年も志鶴を手に入れなかった?」

「お前には関係ないわ――さあ志鶴、こちらへいらっしゃい。隠れるのよ。人は怖いでしょう?」


 怖い? うん、怖い。みんな、優しい顔で嘘をつく。


 わたしは、圭吾さんの手を振り払おうとした。

「志鶴、君は誰のものだ?」

 圭吾さんが、手を握りながら言う。


 わたしは、誰のものでもない。


「僕を好きだと言っただろう?」

「だまされないで! その男は、お前を愛してなどいない。お前の魂が持つ光が欲しいだけ」


 彼女の言葉が、耳に、頭に、響き渡る。


「ねえ、見たのよね? その娘の輝く魂を。あれだけの力を持ちながら、その娘は何の能力も持っていないのよ。なんてもったいない!」

「僕は、志鶴の心の中に入れてほしいだけだ」

「きれい事を! その男の言葉は嘘よ。誰もお前を愛したりしない。お前は邪魔な子よ。ひとりぼっちなのよ」


 そうなの?


 もう何も分からない。幼い日々がフラッシュバックする。

 ママが逝ってしまった後の孤独な日々と、彼女が毎日耳元でささやく、優しく甘い、毒を含んだ言葉。

 そして、あの日。彼女がわたしを手に入れようとしたあの日――


 わたしは悲鳴をあげた。


 嫌だ 嫌だ 嫌だ


 誰かがわたしを抱きしめる。その手を逃れようと暴れた。


「志鶴! 暴れないで、僕だ。圭吾だ」


 圭吾……さん?


「ハクが死んだの。わたしの代わりに死んだの」

 泣きながら言い続けた。

「ママのトカゲなのに、死なせてしまったの。雷が落ちたの」


「思い出したのかしら?」

 甘く邪悪な声がささやく。

「そうよ。お前のせいで死んだのよ」


「違う」

 圭吾さんがきっぱりと言った。

「龍は自ら君のために戦ったんだ。お母さんから託された君を守るために」

 わたしは、圭吾さんの顔を見上げた。

「彼女の言葉を信じるな。あんなふうになりたいのか?」

 圭吾さんが指さす先には虚ろな目をした、老人のような村瀬さんがぼんやりと立っている。

「愛しているよ。僕を信じて」

 圭吾さんが請うように言う。


 わたしは頷いた。


 ええ 信じるわ。


 わたしに愛されたいと言った圭吾さんの言葉を。

 孤独だったわたしを思って流した圭吾さんの涙を。

 胸が痛くなるほど愛してるって言った時の圭吾さんの眼差しを。


 あなたが好き。


 大好き。


 わたしはもう無力な子供じゃない。自分の目で見て、耳で聞いて、心に抱いたものを信じる。


「わたしは圭吾さんのものよ」


 圭吾さんが、わたしのものであるように。


 ささやくような声しか出なかったけれど、その瞬間、何かが変わった。

 絡みつくように頭に響いていた彼女の声が消え、代わりに海の匂いのする風が頭から足まで吹き抜けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ