過去への扉3
目が覚めるとあたりはすっかり明るくて、わたしは一人で寝ていた。
「圭吾さん?」
「こっちにいるよ」
居間の方から声がする。
パジャマのまま起きていくと、なっちゃんと航太がいた。
「おはよう、しーちゃん」
なっちゃんが笑顔で言う。
「お母さんが朝ご飯持ってけって。しーちゃんはすぐ気を使うから、一緒に食べておいでって。トーストとハムエッグの材料あるの。作って!」
今まで何度となく気詰まりだったお隣りのおばさんのお節介が、なぜだか優しく思える。
「っていうか、夏実が料理すれば?」
航太があきれたように言った。
「わたし、できないもん」
「ったく! しー、着替えて来い。手伝うから」
「野郎だけで出来ると思うよ」
圭吾さんが微笑んで言った。
「もう一人、手伝いが来たみたいだし」
圭吾さんがそう言ったとたん、チャイムが鳴った。
今度は誰?
玄関ドアの向こうにいたのは――悟くん?
わたしは急いでドアを開けた。
「おはよう、しづ姫」
悟くんは圭吾さんの父方の従弟で、わたしの友達だ。
「圭吾は?」
「中。入って」
「おじゃまするね――よう、圭吾」
悟くんは陽気に言いながら、居間に入って行った。
「よくも朝の四時からたたき起こしてくれたね」
圭吾さんがニヤリと笑う。
「それじゃないと特急に間に合わないだろ?」
「しづ姫のためじゃなきゃ、一発お見舞いするところだよ。返り討ちに会うだろうけど。で? そちらのレディと強面のお兄さんは誰?」
「隣の夏実よ」
なっちゃんは笑顔で言った。
「こっちは双子の弟の航太」
「僕は羽竜悟。そこにいるひとでなしの従弟だよ」
「ひとでなしついでに、朝飯の支度を手伝わせてやるよ」
「相変わらず人使いが荒いな」
悟くんはあきらめたように言うと、わたしの方を見た。
「着替えておいでよ、しづ姫」
「待ってて。わたしも手伝うよ」
「大丈夫。自慢じゃないけど、料理は得意なんだ」
男性三人組が料理をする間、わたしとなっちゃんはテーブルの用意をした。
食卓には椅子が四つしかないので、部屋から勉強机の椅子を持って来た。
何とも不思議な顔ぶれの食卓だったけれど、なんだか楽しい。
「圭吾さん、悟くんが来たってことは、今日のわたしはお留守番?」
「ああ。二、三時間で帰って来るけど」
「あんたが、しーの彼氏?」
航太が悟くんに訊く。
「僕はお守り役。彼氏はそっち」
悟くんは、フォークで圭吾さんの方を指した。
「はぁ? マジで?」
航太は圭吾さんの方を向いた。
「あんた、いくつ?」
「二十二。志鶴の相手としては常識の範囲内だと思ってるけど」
「普通の女子高生ならな。こいつ、男とつき合ったこともないんだぜ」
「知ってるよ。だからまだ手はつけてない」
「はぁ?」
今度は悟くんが素っ頓狂な声をあげた。
「まだ手ぇつけてないの? 何やってんの、一緒に寝てるのに」
「一緒に寝てるぅ?」
と、航太。
「ああもう! 人の恋愛なんだから、ほっといてよ!」
わたしは真っ赤になりながら言った。
「だいたい、航太は学校どうしたのよ」
「夏実のとこは教員研修。俺はサボりだっ!」
威張ってどうすんのよ。
「一緒に寝てるの? 紫の上みたい」
なっちゃんがにこやかに言う。
なっちゃん、火に油注いでどうすんの。
紫の上は一緒に寝てるうちに光源氏の奥さんにされちゃうんだよ。
スポーツバカの航太でも、さすがに源氏物語は知っているらしく、今にも殴りかかりそうな目で圭吾さんを睨みつけた。
「航太、大丈夫だってば」
わたしはなだめるように言った。
「二十歳になったら圭吾さんと結婚するの。親父の許可ももらってる」
あ……目ぇむいた。
あんまり効果なかったみたい。




