過去への扉2
声が聞こえる。
聞きなれた声。何度となく聞いた声。
――邪魔な子。あんたはいらない子なのよ。
そんな事ない。
――あんたなんて、いなくなればいいのよ。
どうして?
――誰もあんたを愛さない。
嘘よ。
――あんたがいなくなれば、お父さんだって自由に仕事ができる。
わたし、いい子にしてるもの。
――あんたは悪い子だよ。だから、ママはいなくなったのさ。
違う……違うよね?
――ほら、こっちへおいで。隠れるのよ。
うん。
――こっちへおいで。
伸ばした手を誰かがつかんだ。
「志鶴、ダメだ」
圭吾さん?
目を開くと、カーテンを開けた窓の前に立っていた。
ガラスの向こうの夜の闇の中、何かが動いている。
ヒラヒラヒラヒラ
手招きするように動いている。あの黒い影だ。
「志鶴、僕を見て」
すぐ横に圭吾さんがいた。
「圭吾さん」
わたしは、すがりつくように圭吾さんの胸に顔をうずめた。
だいじょうぶ。
わたしは必要で、愛されてる。どこにも隠れる必要なんてない。
圭吾さんは片手でわたしを抱きしめ、もう片方の手を窓の方に向けた。
ヒュッと空気を切るような音がして、頭の中で繰り返し響いていた声が消えた。
「まったく、しつこいな」
圭吾さんが言った。
「志鶴、大丈夫か?」
「うん」
「どうして窓まで行った?」
「声がしたの。わたしを呼んでた」
「追い払うだけじゃ、らちが明かないか」
圭吾さんは、わたしの髪を撫でた。
「おいで、まだ夜中だ。もう少し眠ろう」
そうか。わたし、眠ってたんだ。
わたしの部屋のベッドじゃ狭いからって、和室にお布団敷いて二人で寝たんだった。
圭吾さんがいなかったら、わたしはどこに連れて行かれたんだろう。
あの声は誰の声なの? あの影は何?
圭吾さんはわたしをお布団に寝かせると、自分も横になった。
それからわたしの上に身を寄せて、そっとキスをした。
「どこへも行っちゃダメだよ」
圭吾さんが言う。
「君は僕のものだと言って。お願いだから、その心を僕にくれ」
不思議だった。
「どうしてそんなふうに言うの? わたしの心はいつだって圭吾さんのものなのに」
「僕を信じてくれる?」
「うん」
「その気持ちを強く持っていて」
圭吾さんは、わたしの額に口づけをした。
「たぶん志鶴を呼ぶ声の主は、君の一部を持っている。髪とか爪とかそういったものを。志鶴が僕のものなら対処できる。君の一部は僕の一部ということになるから」
「分かった」
「気軽に言うね。大丈夫かな」
圭吾さんはため息混じりにそう言うと、横になってわたしを抱き直した。
「この休みの間に片を付ける」
「ホント?」
「うん。全部解決して帰ろう」
「よかった」
圭吾さんの温もりが心地好い。
「圭吾さん、大好き」
つぶやくように言葉にすると、わたしは安らかな眠りに落ちた。




