過去への扉1
圭吾さんを見て、なっちゃんは目を丸くした。
「後見人っていうから、もっとおじさんだと思ってた」
「おっ、ピザじゃん」
航太が一切れつまんで食べて、水道に直行した。
「バカしー! どんだけタバスコかけてんだよ」
「辛い方がおいしいよ」
「おめぇは限度ってものを知れ!」
「久しぶりだから買い過ぎちゃったの!」
「量の話じゃねぇよっ!」
なっちゃんがケラケラ笑う。
「やっぱり、しーちゃん変わってない。お母さんが変わったって言うから心配したの」
「そんなに変わってないと思うよ――航太、こっちの食べて。なんにもかけてないから」
航太は、圭吾さんの向かい側にどっかり腰掛けてピザを食べはじめた。
わたしとなっちゃんは、アイスクリームを食べることにした。
「あんた、仕事してんの?」
航太が圭吾さんに言う。
「不動産関係の自営業だよ。父が亡くなったので家業を継いだ」
圭吾さんは穏やかな口調で答えた。
「稼ぎはいいよ。使用人もいるし、志鶴には何の不自由もない暮らしをさせている――君が訊きたいのはそういうことだろう?」
「ああ」
航太がケンカでも売るように言う。
「しーが、あんたを見る目が気に入らない。あんたの言うことなら、なんだって聞きそうだ」
「そうだといいんだけどね」
圭吾さんが微笑む。
「これでも、志鶴の扱いには苦労しているんだよ」
「後見人って、二十歳になったらいらないんだよな?」
「まあ、通常はそうだね。でも成人しても、志鶴はここには帰らないよ」
「そうなの?」
なっちゃんが、わたしの方を見た。
「うん。ずっと圭吾さんとこで暮らすの。だからケータイ番号とメアド教えてね」
「そうだった。わたし達、いつでも会えたから電話使ったことないもんね」
「おいっ!」
と、航太。
「女二人で完結してんじゃねぇよ! なんで、しーが帰って来れねぇんだよ?」
「君に何の関係がある?」
圭吾さんの言葉に、航太は言葉を詰まらせた。
「俺はっ!……俺は、しーの幼なじみだ。心配する権利くらいある」
「心配ないみたいだよ、航太」
なっちゃんが言った。
「はぁ? 夏実、何見てんの?」
なっちゃんは、わたしが見せたケータイに保存してある画像を見てた。
「ほら、見て航太。しーちゃんが笑ってる」
「ホントだ。笑ってる」
航太が呆然としたようにつぶやく。
「いやね、二人とも。わたしだって笑うわよ」
「ううん」
なっちゃんは首を振った。
「写真撮る時、しーちゃんは笑わない。絶対に笑わない」
そうだっけ?
「お前、子供の頃の写真見てみろよ。笑ってるのなんてほとんどないはずだぞ」
そうなの?
「これ、誰が撮ったの?」
なっちゃんがわたしにケータイを戻してよこした。
わたしと彩名さんが笑顔で写ってる。
「これ、圭吾さんに撮ってもらったやつよね?」
わたしは、圭吾さんにケータイを渡した。
「そうだね。うちに来て一ヶ月くらいして、志鶴がお父さんに送るからって言って撮ったやつだ」
「航太、あきらめな」
なっちゃんが言った。
「しーちゃんは、この人のコト好きなんだよ」
「あきらめるも何も、俺は別にしーのコト好きなわけじゃねぇ」
航太はぶっきらぼうに言った。
「いや、幼なじみとして好きだけど、恋とか、そういうのじゃねぇから」
「そいつはよかった」
圭吾さんがボソッとつぶやいた。
なっちゃんと航太が帰った後、圭吾さんがわたしのアルバムを見たいと言い出した。
なんとなく気恥ずかしいけど、アルバムを出してきて二人で見た。
表紙を開くと、赤ちゃんのわたしを抱いたママがいた。
「彩名にそっくりだ」
圭吾さんが言った。
よちよち歩きのわたし。
幼稚園児のわたし。
小学校の入学式――誰が撮ってくれたんだろう――家族三人の写真。
龍と撮った写真もある。
そういえば、この龍ってどうしたんだっけ?
「この家、今のマンションじゃないね?」
「うん。一軒家を借りてたんだ。ここに引っ越したのはママが亡くなった後だよ」
「この人、誰?」
圭吾さんが指差したのは、ママと同じ年頃の女の人。
あれ? 誰だっけ?
「確か、親父の友達の村瀬さんところの人。お姉さんだったか、奥さんだったか分かんないけど。家が近かったから、ママが亡くなった後、しばらくわたしの面倒を見てくれたはず」
それから今のマンションに引っ越して来て、なっちゃんと航太と写ってる写真が増えた。
ホントだ 笑ってない。
どの写真も、生真面目な表情のわたしがこっちを見ていた。
圭吾さんがそっと写真のわたしを指でなぞった。
「できることなら、この日の君を抱きしめたい」
わたしは瞬きして涙を払うと、圭吾さんの肩に頭を寄せた。
「帰ったら、圭吾さんの写真も見せてね」




