黒い影4
とうとう、親父と連絡が取れないまま連休を迎えた。
もう少しで一ヶ月になるよ。
本気で心配になってきた。
水曜日の夜に、自分の部屋で旅行バッグに着替えを詰めていると、圭吾さんが顔を覗かせた。
「何してるの?」
「着替え、持っていこうと思って」
「いらないんじゃない?」
いるでしょう?
「圭吾さんはバッグを用意してたじゃない」
「志鶴のは、途中で買えばいい」
またそうやって!
「出かけるたびに買ってたら、クローゼットがいっぱいになるよ」
「僕の部屋のクローゼット、がら空きだけど?」
「……」
「どうしてまだ二階に住みたがるのかな。どうせ寝る時は僕の部屋に来るじゃないか」
「落ち着いたらまた自分の部屋に戻ります」
「ふうん、そうなんだ」
あ……また何かたくらんでるでしょ。
一見、圭吾さんはわたしのわがままを何でも許すみたいだけれど、気がつけば上手にあしらわれていて、わたしの方が言いなりになっている事がある。
ずるいんだから。
油断も隙もない人。でも、大好きなの。
「圭吾さん、明日、ちゃんとこのバッグ持って迎えに来てね」
「分かってるよ」
「圭吾さん」
「ん? 何?」
「わたし、この家に来てよかった。伯母さまも、彩名さんも、そして圭吾さんも、ママがわたしに遺してくれた最高のプレゼントだと思う」
圭吾さんは優しく微笑んだ。
「おいで、志鶴」
わたしは圭吾さんの腕の中に包まれた。
「志鶴も、叔母さんが僕に預けてくれた最高の宝物だよ」
「ねえ、親父が急に羽竜の家とつながりを持とうとしたのは、赴任先がホントに危険だったからかな。自分に何かあった時、わたしが一人ぼっちにならないように考えたからなの?」
圭吾さんは、わたしをギュッと抱きしめた。
「僕が君との結婚を願い出た時、これで安心だと言っていたのは確かだよ。でも、正月には一時帰国するとも言ってたし、大丈夫だよ。きっと無事だよ」
「圭吾さんはどこにも行かないでね」
「行かないよ」
そう言ってから圭吾さんは笑い出した。
「心配しなくていいよ。ついこの間、志鶴に捨てられるんじゃないかって青くなってたんだから。忘れたの?」
「そうだった」
わたしもクスクス笑った。
ちょっと前までは、優月さんにヤキモチ妬いてた。
だけど、圭吾さんの関心がわたしだけに向いていると分かったら、嬉しくって、その半面ちょっと怖くって、ジェットコースターな気分。
「支度が終わったなら僕の部屋に行こう」
「何かいいことがある?」
「アイスクリームがあるよ。ラムレーズンの」
うわぁ、おいしそう。
「それから二人でいられるよ」
それはステキ。
「誘うの上手ね」
「そう心がけているからね」
そう言ってから圭吾さんは、急に右手を上に上げて何かをつかんだ。
「なぁに?」
「虫がいた」
圭吾さんは窓を開けて、何かつぶやいた後に手を開いてフッと息を吹きかけた。
手の平にいた蝶のような虫が、ヒラヒラと羽ばたいて飛んで行く。
だけど
羽ばたく前に圭吾さんの手の平にあったのは、黒い紙切れじゃなかった? ちょうどあの黒い紙人形みたいな――そう思った。




