黒い影1
圭吾さんの気持ちがつかめない。
『怖いから、しばらくの間圭吾さんと寝たい』って言ったら、すごく嬉しそうで。ここしばらくの不機嫌さはどこへ行ったの?――ってくらい、圭吾さんは上機嫌になった。
彩名さんが『どんな魔法を使ったの?』ってわたしに耳打ちしたほど。
ああ……これは、ひょっとして、今まで圭吾さんがご機嫌斜めだった原因は、わたしだった、とか?
「志鶴って『忙しいならいいわ』ってすぐ身を引いちゃうでしょ?」
友達の亜由美に言われた。
「圭吾さんは甘えたり、むくれたりしてほしかったんじゃないの?」
そうなの?
『つまらない』とか『寂しい』って言ってほしかったってこと?
「お仕事の邪魔しちゃいけないと思ったの……」
「誰に対してもだけど、あんたの遠慮ぶりは行きすぎよ」
亜由美の言葉は耳に痛い。
「それじゃ手を差し延べられないでしょ? 誰かに支えてもらうのは、悪い事じゃないのよ。あんたも人を支えてやればそれでいいの」
放課後、携帯電話を買い替えるために圭吾さんが迎えに来た。
一緒にショップに行き、わたしが目についた物を適当に選ぼうとしたら、圭吾さんが顔をしかめた。
「それでいいの?」
「電話とメールができればいいし」
「じゃ、僕が選んでも構わないね?」
結局、わたしが聞かれたのは好みの色だけで、後は全部圭吾さんが決めてしまった。
ちょっとムッとした。
わたしには選ぶ権利もないの?
データを移してもらってショップを出ると、圭吾さんはわたしの方を真っすぐに見た。
「気に入らないかい?」
首を横に振った。
気に入らない訳じゃない。たぶん、わたしが先に選ぼうとした物よりずっと好き。
「志鶴は自分の物となると、どうでもいいように選ぶね」
「そう?」
「これが誰かへのプレゼントだったら、もっと真剣に選ぶだろう?」
「そうかも」
「僕の事も、適当に選んだんじゃないかと心配になるよ」
圭吾さんはため息をついた。
「そんな事ない!」
慌てて言うと、圭吾さんは笑った。
「まあ、僕の事は適当であろうとなかろうと、側にいてくれるなら文句はないんだけどね。もっと自分のこと大切にしなさい」
亜由美の言う通りだ。
圭吾さんは、わたしがもっと心を開くのを待っている。
「さて、帰ろうか?」
『もう?』という言葉が心に浮かんだ。
「圭吾さん」
『もっと一緒にいてほしい』
「ん? 何?」
「もう帰らなきゃダメ?」
「どうだろう」
圭吾さんは微笑みながら目を伏せた。
「僕は忙しいかもしれないよ?」
言葉に詰まる。
何かを望むことには、勇気がいる。
最初から何も望まなければ、誰にも期待しなければいい。そうすれば、失望することもない。
でも、わたしのそんな態度が、圭吾さんを失望させているのだとしたら――?
「今日は……」
ためらう心を押さえつけて、わたしは早口で言った。自分の望みを。
「今は、もっとわたしといて」
「よく言った」
圭吾さんはにっこり笑って、わたしの頭を撫でた。
「特大のチョコレートパフェをおごらせてもらうよ」
「今日はストロベリーの気分」
「その調子だ」




