不安と心配2
「志鶴の家はここだよ」
「そうじゃなくて、元いた家のことよ」
話がどうも通じてないみたい。
「僕は知らないうちに、何か悪いことをしたんだろうか?」
圭吾さんはかすれた声で言った。
えーと……それは何の事を言ってるんでしょうか?
具体的に言わなかったのが悪かったのかな。そうよね、圭吾さんにだって都合ってものがあるんだから。
「あのね、来月の連休の時に帰りたいの」
わたしは、もう一度、説明を試みた。
「ダメ」
「ダメ?」
「絶対にダメだ!」
圭吾さんは、テーブルをたたいて立ち上がった。
「お仕事、忙しい?」
あまりの剣幕に驚いて、思わず声が震える。
「一人でも帰れないことはないけど……」
圭吾さんは、気を落ち着けるように深呼吸をした。
「一人ではどこにも行かせないよ」
感情を押さえた静かな声。
「いったい何が気に入らないんだ?」
わたし、鈍いのかな? 圭吾さんの言ってる事が分からないんだけど。
「別に何も。気に入らない事なんてない」
「じゃあ、どうして帰るなんて言う?」
「だって都合がいいんですもの。連休の前日が教員研修でお休みなの」
「ちょっと待って!」
圭吾さんは顔をしかめて、こめかみを押さえた。
「話が噛み合っていない気がする。もう一度訊くよ。何か用事があって、帰りたいのかい?」
「うん。持ってきたい物があるの。それに親父の仕事仲間に会いたいし」
「連休中にお父さんの家に行ってきたいって事だね?」
「さっきからそう言ってるじゃない」
「で、僕に連れて行ってほしいんだね?」
「そうよ。でも、圭吾さんが忙しいなら――」
「いや、都合をつけるよ」
伯母様と彩名さんが、詰めていた息を吐いた。
「志鶴ちゃん、脅かさないでちょうだい」
伯母様が言う。
わたしは、圭吾さんを見上げた。
「わたし、何かまずいこと言ったの?」
「いいや、僕が悪いんだよ」
圭吾さんはわたしの方に手をのばしかけて、途中で止めた。
「さわってもいい?」
「いいわよ」
いつもはそんな事、訊かないのに。
温かい手のひらがわたしの頬を包んだ。
「やってしまったかと思った」
圭吾さんがつぶやくように言う。
「まだ僕のこと嫌いになってないよね?」
「大好きよ。どうしてそんなふうに言うの?」
圭吾さんはフウッと息を吐いて椅子に座った。
「ついに僕は捨てられるのかと思ったからさ」
はぁ?
「家に帰りたいって言ったろ? 僕には『この家を出て行きたい』って聞こえた」
「そんなつもり、全然なかったよ?」
まあ、言われてみれば、そう聞こえないこともないけど。
普通、そこ、そんな勘違いする?
圭吾さんは苦笑しながら、座り直した。
「母も彩名も、僕と同じように思ったんだろ。窒息しそうだったもの」




