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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
おまけの圭吾編 2

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苦行の終わり

 真夜中に目が覚めた。

 眠れそうにない。

 水でも飲むか。


 寝室を出て暗い居間を通り抜ける。


 僕の部屋に志鶴が泊る時の寝床は空っぽ。

 まるで今の僕の心のよう。


 水を飲んで


 ため息ついて


 階段を下りて


 志鶴の部屋のドアを開けた。



 いないのは分かってる。

 それでも志鶴の痕跡を求めて、部屋の中をうろつく。


 しおりが挟まった読みかけの文庫本


 志鶴がするとも思えない濃い化粧の女の子達が表紙でほほ笑む雑誌


 中身の入っていない香水瓶のコレクション


 縁日の射的で僕が取った金魚のぬいぐるみ



「圭吾」

 戸口から姉の彩名の声がする。

「何?」

 僕は背中を向けたまま答えた。

「いい加減になさい。もう三日もそんな事してるじゃない」


 三日?

 じゃあ僕の苦行ももうすぐ終わりだ。


「もう部屋に戻るよ。起こしてゴメン」



 ここのところ僕はずっと不機嫌で


『お手伝いさん達が怖がるから仏頂面はおやめ下さい』と和子ばあやに言われ


『熊みたいにウロウロ歩くのはやめなさい』と母に叱られ


『返事なのか唸っているのか分からないわ』と彩名に言われ通しだ。


 志鶴が電話をくれたらいいのに。

 せめてメールだけでも。

 僕が恋しいと言ってくれたらいいのに。


「自分から電話すればいいのに」


 大きなお世話だ。

 彩名に僕の気持が分かるもんか。


 ああ


 まだこんな時間?

 うちの時計って壊れてるんじゃないのか?


「電波時計だから正確よ」


 じゃあ電波がおかしいんだろ。

 もしくは、僕の心が。




 やっと午後四時になって、僕は車のキーをつかんだ。


「まだ早いんじゃなくって?」

 彩名がそう言ったが、もう我慢の限界だ。

「あっちで待つからいい」

「わたしが行きましょうか? たぶん女性だらけよ」

「そんなの平気だよ」


 普段の精神状態なら、彩名の忠告を聞き入れただろう。

 自分の母と同年代か、それより少し年下の女性達にまじって立っているのは確かに居心地が悪い。

 しかも全員、僕をほおっておいてくれればいいのに、ご丁寧に挨拶にやって来る。


 あちらこちらでいくつかの小さなグループにかたまり、ざわめく 声 声 声


 子供の話


 噂話


 大げさな笑い声



 僕の苦行はどこまで続く?



 永遠に終わらないいんじゃないかと思っていると

「あら! 来たわよ」

 誰かが指さし、大型バスが五台、道路を曲がって入って来るのが見えた。


 二台目のバスから見慣れた姿が下りてくる。

 志鶴は大きなボストンバックを重そうに抱え、バスの荷物室から小型のスーツケースを受け取った。

 スーツケースの取っ手を引っ張りながらキョロキョロしてる。


 僕を探している?


『志鶴!』と呼びかけたいのに、僕の喉はカラカラで声が出ない。


 志鶴の友達が僕の方を指さして何か言った。


 志鶴は僕の姿を見つけ


 満面の笑みを浮かべ


 そして


 僕の名前を呼んで走って来た。


 荷物を全部そこに放り投げて。



 僕は飛び込んで来た志鶴を受け止め


 抱きしめ


 思いっきりキスをした。


 誰が見てようとかまうもんか。志鶴は僕のものだから。


「お二人さん、気持は分かるけどさ、学校の敷地内でやめてくれる?」

 自分の荷物と志鶴の荷物を抱えた従弟の悟がニヤニヤしながら立っている。

「圭吾やり過ぎだよ。彼女、一人じゃ歩けないぜ」


 志鶴は真っ赤になって僕の胸に顔をうずめた。


「しづ姫の荷物積むの手伝うから、僕を家まで送ってよ。四男坊ともなると親もいい加減でさ、迎えにも来やしない」

 悟はブツブツ親への文句を言いながら、手際良く二人分の荷物を車まで運んだ。

 そして家に着き、車を降りる時に

「じゃあまたね、お姫様。僕の言った通りだったろう?」

 と、助手席の志鶴に言った。

 志鶴が、はにかんでうなずいた。


 何だ?


「あのね、悟くんが旅行中は圭吾さんに電話しちゃダメって言ったの。そしたら圭吾さんの気持ちがよく分かるからって」


 黒幕はあいつか!


「お土産いっぱい買ったわ。楽しかった。今度は圭吾さんと行きたいな」



 神社仏閣巡りの修学旅行コースを?


 まあ、志鶴が喜ぶなら何だって。

 



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