魔女退治
婚約と言っても内々の事だし、婚約指輪というようなご大層な物ではなく、何かきれいな物を志鶴に贈りたくて、知り合いのジュエリーデザイナーに相談してみた。
「高校生の女の子が気軽に身に着けられるようなのがいいんだけど」
「バースデープレゼントかしら?」
「いや、単なる気まぐれですよ」
「そうね……どんな感じのお嬢さん?」
僕はちょっと考えて
「可愛らしい感じ。少し年齢より子供っぽいかな」
「あら、ひょっとして日本人形みたいな方? 長い黒髪の。先日お店の方にお姉様といらしてましたけど」
「姉と一緒だったのなら間違いなく彼女だ」
「じゃあこれですわね。絶対これ」
デザイナーはカタログをパラパラめくると、リングの写真を指差した。
リボンをかたどった細いピンクゴールドのリングに、ピンク色の石のハートが付いている。
「ずっとご覧になってましたよ。つけてごらんになればとお勧めしたんですけど、見ているだけだからとおっしゃって」
「この石は何です?」
「ピンクトルマリンですわ。ピンクサファイアでお作りすることも出来ますが? 地金をもっと上質の物にして」
「それだと高校生が身に着けるには高すぎませんか?」
「ゼロが一つほど。ラッピングで気軽なアクセサリー風にもできますよ。お姫様はお気づきになりませんわ」
「商売上手だな」
「羽竜本家の若様が、綺麗なお花をお屋敷に大事にしまい込んでるともっぱらの噂ですもの。大切な方にはそれなりのお品をお求めでしょう?」
さすが海千山千のビジネスウーマンだ。
感服しつつ僕はリングを注文した。
二週間後、いかにも女の子好みに薄紙とリボンでラッピングされた指輪が届き、そのまま志鶴にプレゼントだよと渡した。
「うわぁ 可愛いっ!」
志鶴はプレゼントの包みを開けると、跳ね上がって喜んだ。
「キレイ キレイ キレイ! 本当にもらっていいの?」
「うん。おしゃれ用らしいから普段使いにするといいよ」
「ありがとう、圭吾さん」
志鶴は光に指輪をかざしてから、嬉しそうに自分の指にはめた。
僕の脈が跳ね上がった。
左手の薬指。
約束の指だ。
それから手をかざしてうっとりとした目で眺める。
君にそんな目で見られたら月だってその指輪に嫉妬するだろう。
「彩名さんに見せてくる!」
いくらでもどうぞ。
見せびらかして自慢するといい。
僕がいつも君をそうするように。
ドアのところまで行った志鶴はもう一度戻ってきて
「今度のお休みに、これつけて圭吾さんとデートしたいの」
と言う。
お望みのままに、お姫様。
土曜日に、志鶴は彩名のお下がりだという黒のチェックのワンピースでおめかしをしていた。
彩名の服なら目の玉が飛び出るような値段のはずだ。だが、シンプルなデザインの服は志鶴によく似合っている。
ピンクのリップグロスをつけてつややかな黒髪を肩にたらした姿は、まるで人形のように愛らしかった。
僕らは映画を見て、少し遅い昼食をとった。
食後に志鶴が大きなチョコレートパフェを頼んだ。
あの小柄な体のどこにそんなに入るのか不思議だが、たぶんペロッとたいらげるんだろう。
「あら、羽竜くんじゃない? 久しぶりね」
気取った女の声がして、相手を見た途端に僕はうんざりした。
名前は何だっけ?
とにかく数年前、前の恋人の優月と別れた後に自棄になって一ヶ月だけ付き合った女だ。
外見がいいだけの心のない女。
男をアクセサリーかトロフィーのように扱う女。
今日は三人だけかい?
僕は意地の悪い目で彼女の取り巻きの男達を見た。
「可愛いわね、妹さん?」
僕に妹がいない事は百も承知だろう
「志鶴は従妹だよ」
僕は慎重に答えた。
「悪いお兄さんに食べられる子猫ちゃんってとこかしら?」
この女! 志鶴が誰なのか知っているんだ。
僕はヒヤヒヤしながら、無言でパフェをぱくつく志鶴を見た。
「ねえ、わたし前にあなたの従兄と付き合ってたのよ。素敵だったわよ。久しぶりに会ったけど相変わらず素敵ね。別れたのを後悔しちゃうなぁ」
志鶴の口元が微かに笑みを浮かべた。
「言いたい事はそれだけ?」
志鶴が楽しそうに言った。
「圭吾さんが前に誰と付き合っていようと興味ないわ。今はわたしのもので、これからもわたしのものだから」
そう言って、これみよがしに指輪をはめた左手を上げて見せつける。
どうやら僕の小さな龍は鋭い牙を持っていたらしい。
「さっさとあなたのアクセサリー達を連れてあっちへ行って。わたし、デート中なの」
「アクセサリー?」
「頭の回転も悪いの? そこにいる金メッキみたいな彼氏たちの事よ。かわいそうにね、何人連れて歩いたところで圭吾さんには敵わない。わたしの圭吾さんは本物の黄金だから」
志鶴はそれだけ言うと、何事もなかったようにパフェを食べだした。
意地悪女が怒りで真っ赤になりながら僕らの元を離れていった。
「参った」
僕は両手を上げて降参した。
「意地悪な魔女は王女様に退治されましたとさ」
「めでたし めでたし かい?」
僕が笑いながら言うと、志鶴は悪戯っ子のように微笑んで僕の口にパフェを突っ込んだ。




