夏の思い出 2
和子さんが浴衣を着せてくれた。
浴衣なんて何年ぶり?
ううん
たぶんママが亡くなってから初めて。
しかも既製品じゃなくて、彩名さんに連れて行ってもらって呉服屋さんで仕立てた物。
上から下まで一セット揃えたら、びっくりするような金額になった。
彩名さんは、
「いいのよ、どうせ圭吾が払うんだから」
って言った。
圭吾さんに買ってもらうってのも、気が引けるんだけどな。
でも、憧れのキレイな浴衣はとっても嬉しい
「志鶴さま、もう少しじっとしていて下さいまし」
和子さんがお小言を言ってからフッと笑った。
「芙美子さま――お母さまもじっとしていられない方でしたけれど」
そうか、和子さんはママと貴子伯母さまの乳母だったんだっけ
「ママも和子さんに浴衣着せてもらった?」
「ええ、何回もお着せしましたよ」
「そっか、和子さんに着せてもらってなんか嬉しい」
「わたくしも嬉しゅうございます――さあ、できました。圭吾さまに見せておあげなさいまし」
走り出したい気持ちを抑えて居間に行くと、圭吾さんはにっこり笑った。
「かわいいね」
それだけ?
どうせわたしは『かわいい』が精一杯よ。
圭吾さんと彩名さんと三人で、タクシーに乗って花火大会の会場まで行った。
「わたしはお友達と合流する予定だから」
と、彩名さん。
「後は二人でデートを楽しんでちょうだい」
「その前に、彩名の友達の強烈な歓迎が待ってるんじゃないのか?」
圭吾さんがぼやくようにつぶやいた。
圭吾さんの言う意味が分かったのは、花火会場に着いてすぐ。
「彩名ぁ!」
わっ! 華やかな浴衣姿のお姉さんズ
いち にぃ――五人?
あっという間に囲まれた。
「あらぁ、圭吾くん久しぶり」
「どうも」
圭吾さん、無愛想だよ。
「イケメン度アップしたねぇ」
「ホント、もっと前にツバつけときゃよかった」
こわい……
「ねぇ彩名、この子 この子?」
「そう。従妹の志鶴ちゃん」
「あ……こんばんは」
「かっわいい~!」
「意外。圭吾くん、こっちの趣味だったんだ」
こっちってどっち?
「パクッって頭から食べられちゃうんじゃない?」
勢いに圧倒されて、圭吾さんの後ろにおずおずと隠れた。
「ちょっとぉ、かわいすぎる!」
「いやぁ圭吾くん、いい趣味してるわ」
「じゃ僕らはもう行くんで、後はご自由に」
圭吾さんはぶっきらぼうにそう言うと、わたしを抱えるように連れ去った。
「まいった。だいじょうぶか、志鶴?」
「今のは何?」
「彩名のにぎやかな友達連中さ。昔っからの知り合いだから、何バラされるかヒヤヒヤする」
「バラされて困る事あるの?」
「たくさんね」
「圭吾さんは自分の事あまり話さないよね」
「自慢できるような人間じゃなかったから。志鶴には志鶴が知っている僕だけ見ていてほしいんだ」
「今は自慢できるから?」
「いくらかまともになったからさ」
人込みの中、はぐれないように圭吾さんの腕にしがみついて歩いた。
「わたしは圭吾さんが好きよ。それに信じてる」
「僕の何を?」
「圭吾さんもわたしを好きで、絶対にわたしを傷つけたりしない」
「そう言ってもらえてすごく嬉しいよ。でも、そう言う割にすぐ逃げるのはどうしてかな?」
「だってびっくりするんだもの」
「臆病だな」
圭吾さんは、からかうように言った。
しばらくしてアナウンスが入り、最初の花火が上がった。
実を言うと、打ち上げ花火を間近で見るのは初めてで、わたしは音の大きさに驚いて飛び上がった。
「だいじょうぶかな」
圭吾さんが気遣わしげに言った。
「気分悪くない?」
「ちょっと驚いただけ。雷とは違う音だからだいじょうぶ」
夜空に光の花が咲く。
色が変わってキラキラキラキラ消えていく。
とってもきれい。
でも、やっぱり音が少し……
「圭吾さん、やっぱり抱いていてもらっていい?」
「おいで」
圭吾さんの腕にすっぽり包まれて、半身になって空を見上げた。
自分が一人ぼっちじゃないと安心できる。
「これなら音が大きくても平気」
「よかった」
「打ち上げ花火って、こんなにキレイだったのね」
「初めて?」
「こんな近くで見るのは初めて」
「来年も見られるよ」
「そうね」
これからもずっと圭吾さんと見られる。
「すごく幸せかも」
花火が間髪入れずに打ち上がりだした。
圭吾さんが何か言ったけど、音が大きすぎて聞こえない。
なぁに?
圭吾さんが体を屈めて耳元に口を寄せた。
――大好きだよ
そのまま耳の下あたりにキスされた。
心臓止まりそう。
ひざから力が抜けて、立っていられなくて、圭吾さんにすがりついた。
ギュッと抱きしめてもらって、自分は大切な存在なんだって思って、もう一人で頑張らなくていいんだって分かって、
そして
そして
圭吾さんを大好きだって思って、
初めてづくしの夏がわたしの中を通り抜けていく。
「圭吾さん?」
「ん? 何?」
「わたし、圭吾さんを幸せにできる?」
圭吾さんはわたしの頭に頬を寄せると、
「もうできてるよ」
って言った。
一際大きな音がして夜空を見上げると、満開の光の花が黄金の龍に姿を変え
キラキラキラキラきらめいて
花火の名残のような煙の間に消えていった。
― 第二話 終 ―




