始まりの朝 1
まるで嵐に巻き込まれたように、わたしの周りの全てが急に変わっていく。
羽竜家に来てたった一日で、わたしは圭吾さんに『志鶴』と呼び捨てにされるようになった。
どうやら、わたしは圭吾さんの『お気に入りの従妹』という立場になったらしい。
可愛がってくれるのは嬉しいけど、圭吾さんはちょっと行き過ぎな面があるようだった。
制服を買いに行った時も、必要な物どころか目につく物を何でも買ってくれようとする圭吾さんを止めるのに四苦八苦した。
そして今、ネクタイ締めた圭吾さんの運転する車で転校先の学校に向かってる。
ちらっと横目で圭吾さんを見ると
「何?」
何と言われても……
訊きたい事は沢山あって、
たとえば、あの時、彩名さんのアトリエでどうやって現れたのかとか、圭吾さんが転校手続きに学校へ付き添うって言った時のみんなの不審な反応とか
「お仕事、休んでもよかったんですか?」
とりあえず無難な質問をしてみる。
「自営業だからどうって事ないよ」
そうだった。
「えっと……お仕事は何を?」
「家業を継いでいる。半分以上は不動産管理が仕事だね。趣味は読書で、好みのタイプは髪が長くて小柄で悲鳴の大きな娘」
「からかわないで」
「だって見合いの席の質問みたいだったよ」
圭吾さんは笑いながら言った。
「お見合いなんてした事あるんですか?」
「あるよ、何度かね。いつも先方に断られてばかりだけど」
信じられない。こんな綺麗な人なのに?
「みんな羽竜という家柄に惹かれるくせに、僕に会うと逃げ出す。彩名に言わせると僕は気難し屋らしい」
「ええと……そんなに急いで結婚しなくてもいいんじゃない? 圭吾さん、二十一? 二? まだ若いでしょう?」
「二十二歳だよ。でも、周りが放っておいてくれない。うちは羽竜の本家だから」
深いため息一つ。
「とっとと結婚して、後継ぎを作れって事だろうな」
何だか大変そう。
「恋愛結婚はダメなんですか?」
「そんな事はないよ。ただ――恋愛するにも相手がいないとね。みんなが心配してくれているのは分かっているんだ。親戚が多いのも良し悪しだな。志鶴もそのうちに会うことになるよ。大叔父、大叔母、はとこ とかね」
うわぁ 会いたくない。
「まずは学校だ」
車が右折した。4階建ての大きな校舎が見える。
「そのままでいて」
圭吾さんは車を停めて降りると、ぐるっと助手席側に回って来てドアを開けた。
「ようこそ、清流学院へ」
差し出された手を思わず取る。
「ここの理事長も僕等の親戚だよ」
へっ? うそ 聞いてない。
「でも、羽竜家側の人ですよね?」
「うん、そう。父の弟なんだ。でもうちにいる間は君も羽竜家の者だよ。周りはそう見るし、そういう扱いをすると思うから」
めまいしそう。
「あの……今さらなんですけど、圭吾さんちって殿様かなんかですか?」
「殿様ではないけれど、古くからこの辺一帯の地主だったみたいだね」
うわぁ~ん 勘弁してよ。
「やっちゃいけない事とかあるのかなぁ?」
「旧家なんてやっちゃいけない事だらけだよ。いちいち気にしなくてもいい」
圭吾さんはわたしの制服の乱れを直しながら微笑んだ。
「君はそのままでいいよ。何か言われても無視しておいで。君がどんなヘマをしようと母も彩名も僕も気にしない」
うー
「わたしがヘマするの前提?」
「前提だよ」
だよねぇ
「用意はいいかい、従妹くん? 校長室にご案内しよう」
「校長先生も親戚だったりする?」
「従兄だ」
はぁ~っ 気が重い
中途半端に知っている人っていうのが一番嫌。全く知らない人の方が気が楽だ。
それにしても――
登校して来た生徒達が、明らかにこっちをチラチラと見ているのはなぜ?
「あのぉ……圭吾さん」
「ん? 何?」
「さっきから、すごく見られている気がするんですけど」
「ああ、僕が一緒だからだよ」
圭吾さんは事もなげに言う。
「先週、買い物に行った時もそうだったろ?」
そうだったの? 気がついていなかったわ。
ああ、早く集団の中に埋没したい。わたし、やって行けるのかなぁ。




