薄闇の中で 4
退院の日。
最後の診察を終えて帰り支度をしていると、意外な人の訪問を受けた。
「初音さん?」
「こんにちは。ちょっとお話できる?」
「どうぞ」
初音さんは病室に入って来て、辺りを見回した。
「いつも一緒にいる男性は?」
「圭吾さん? 今、退院の手続きに行ってます。どうぞ座って」
わたしはベッド脇の椅子を勧めた。
「よかった。あの方、苦手なの。かなり霊的なパワーの強い方だから、そばにいると疲れてしまって」
ふうん そういうものなんだ。
「東京に帰る前に、助けてもらったお礼をあなたに言いたかったの。ありがとうございました」
初音さんは頭を下げた。
「どういたしまして。でも、本当にこれでよかったんですか?」
「タローの事ね」
「タローって呼んでたんですか?」
「昔飼ってた犬の名前なの」
初音さんは、懐かしむように微笑んだ。
「初めて会った時、名前をあげたらわたしを守ってくれるって言われたの。まだ子供だったから、他に思いつかなくて――そうね、タローと一緒に消えてしまいたかった気持ちも確かにあるわ」
「あの狐は、タローは、初音さんが死ぬのは嫌だって……」
「そうだと思った。あなたはタローの最期を見届けたと聞いたのだけれど」
「ええ」
「聞かせてもらっていい?」
わたしは、薄闇の中で獣に聞いた話をした。
どうか
どうか、あの深い愛情が初音さんに伝わりますように。
わたしは、泣かずに話そうと頑張った。
泣く資格があるのは、わたしではない。あの狐の命を悼む事ができるのは、長い年月を共に生きてきた初音さんだけだ。
「さみしくないって言ってた。初音さんの名前を抱いていくから」
初音さんは泣いていた。
ポロポロ泣いて、そして微笑んでいた。
「これでよかったのかもしれないわ」
初音さんが言った。
「ずっと一緒にいられたとしても、いつかはわたしは死んでしまうでしょう? タローには受け入れられなかったでしょうから」
しばらくして戻ってきた圭吾さんは、開け放した病室の入口で立ち止まった。
わたしの顔を見るなり、表情が厳しくなる。
わたしは慌てて首を横に振った。
「圭吾さん、違うの。悲しい話をしてたの。でもつらくはないわ」
「本当に?」
圭吾さんは近づいてくると、わたしと並んでベッドに腰掛けた。
「もう行くわ。話してくれてありがとう」
初音さんが立ち上がる。
「テレビの仕事はやめた方がいい」
圭吾さんが言った。
「興味本位で、危険な場所でもおかまいなしだ。あなたの能力なら、むしろ占い師向きだと思うが」
「ご忠告、有り難く受け取るわ。そうね、それもいいかも」
初音さんが去った後、わたしは圭吾さんの肩に頭を乗せた。
「圭吾さんって過保護」
「そう? 彼女と何の話をしてたの?」
「帰ったら教えてあげる。だから家に連れて帰って。圭吾さんの部屋に泊めて」
圭吾さんは、わたしの肩を抱いて低く笑った。
「一緒に寝てくれる約束だしね」




