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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第2話 宿題は難題な夏休み編

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薄闇の中で 3

 意識が戻った翌々日に退院することになった。


 圭吾さんにはものすごく心配かけたみたい。

 病室は個室で、付き添い用に簡易ベッドを入れてもらっていた。

 誰も何も言わないけれど、ずっと付き添っていたのは圭吾さんで、簡易ベッドは大して使われなかったに違いない。


「もうだいじょうぶだから帰って眠ったら?」


 って言ったら


『志鶴がいなきゃどうせ眠れない』という返事が返ってきた。




 夜中にふと目が覚めた。


 傍らに目をやると、圭吾さんがベッドの脇に座ってわたしを見ている。

 薄暗い場所で見る圭吾さんは、闇に飲み込まれていった獣を思い出させた。


「圭吾さん?」

「ん?」

「寝ないの?」

「もう少ししたら」


 眠れないんだ。


「家に帰ったら一緒に寝てあげる」


 圭吾さんは手を伸ばしてわたしの髪を撫でた。


「ありがとう」


 かすかに笑ってる。

 わたし、また変な事言った?


「志鶴は眠い?」

「そうでもない」


 ずっと眠ってたもの。


「少し話せるかな。君の雷恐怖症のこと。話すのは嫌?」

「ううん、別に平気」

「落雷を近くで見た事がある?」

「ない……と思う。よく分からないけどある日突然怖くなったの」

「カウンセリングとか受けた事ある?」

「最初の頃にね。ママが死んだ後だったから『分離不安』とか言われたみたい」

「そこで治らなかったんだね?」

「そうじゃなくて――治ったふりしたの」


 圭吾さんは驚いたようだった。


「親父一人で子育ては無理だって誰かが言ってるの聞いたの。だから」

「じゃ、お父さんは恐怖症の事を知らないの?」

「治ったと思ってる」

「僕にはなぜ話してくれなかったの?」

「話したでしょ」

「雷の音が『苦手』って言ったんだよ。へたりこんで吐くほど『怖い』とは言わなかった」


 わたしはちょっと考えてから口を開いた。


「心配かけたくなかったんだと思う」

「志鶴、結果的に君は僕を死ぬほど震え上がらせたんだよ」


 圭吾さんは深いため息をついた。


「あの時、君が僕を呼ぶのが聞こえた。でもそばにいないし、慌てて廊下に出たら具合が悪そうに床に座り込んでたろ?」


 そう。

 そしてその後、意識をなくした

 何が起こったのか、圭吾さんにはすぐには分からなかっただろう。


「ごめんなさい」

「謝ってほしい訳じゃない。きちんと話してほしいんだ」

「うん」

「志鶴はすぐ自分を後回しにするだろう? 後回しにされて当然だと思ってる。でも、僕には何よりも志鶴が大切なんだ」

「分かってる」

「もう一度カウンセリングを受け直そう。いいね?」

「はい」


 わたし、まるで子供だ。

 早くに家を継がなきゃならなくて、実際の年よりずっと大人びてる圭吾さんに釣り合わないほど子供っぽい。


「叔母さん――お母さんは志鶴がいくつの時に亡くなったの?」


 うーん いつだっけ?


「確か小学校三年の時だから……八歳?」

「八歳? そんなに早く?」


 圭吾さんは絶句してから、両手で顔を覆った。


「圭吾さん?」

「八年間も一人で怖い思いしてたのか?」


 かすれた、振り絞るような声。


「毎日雷が鳴るわけじゃないし」

「あんな姿、一生に一回見れば十分だ!」


 圭吾さん?

 泣いてる?

 いやだ、わたし何しちゃったの?


「ごめんなさい」

 わたしは起き上がって、圭吾さんにしがみついた。

「次から何でも話す。もう隠し事したりしない。圭吾さん? 圭吾さんったら!」


 痛いほど抱きしめられた。

 圭吾さんはわたしの肩に顔を埋めて繰り返し言った。


「志鶴を幸せにしたい。怖い思いも、悲しい思いもさせたくない」

「うん」


『アレノ笑顔ガ見タイ』と言って闇に消えていった狐がまぶたに浮かんだ。


 圭吾さんはわたしを愛してる。

 初めて心からそう思えた。


「大好きよ、圭吾さん」



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