薄闇の中で 2
狐は体の三分の二まで闇に飲み込まれていた。
わたしが近づくと、狐は地面に横たえていた頭を上げた。
ナゼ戻ッテ来タ?
「わたし、何の力もないからもう少しここにいてもだいじょうぶなの」
ナゼ?
「あのね、一人はさみしいから」
わたしは少し離れて狐の正面に座った。
「あなたが消えるまでここにいるわ」
ソウカ
薄闇の中、わたしは狐の物語を聞いた。
時を経て妖魔になった獣の話を。
こっくりさんで呼び出され、孤独な少女と巡り会った狐の話を。
取り殺すつもりが、取り憑かれたように少女に魅せられた男の話を。
闇は少しずつ狐を飲み込んでいく。もうすぐ目も見えなくなるだろう。
アノ子ノ名前ハ、初音
オ前ハ 志鶴トイウノカ?
「そうよ」
声ガ聞コエル。オ前ヲ呼ンデイル
圭吾さんだ。
行クガイイ
「もう少しいる」
モウ十分ダ
早ク答エテヤレ
アノ男ハ、気ガ狂ウ寸前ダゾ
本当?
わたしは立ち上がった。
モウ寂シクハナイ
俺ハ 初音ノ名ヲ抱イテ消エヨウ
狐の目が闇に飲み込まれていく。
俺ガ消エタラ、初音ハ泣クダロウカ?
「ええ、きっと」
泣クナト伝エテクレ
アレノ笑顔ガ見タイ
最後まで残った口が『初音』とつぶやく。
慈しむように暖かく。全てが飲み込まれるその瞬間まで。
薄闇の中、わたしは本当に一人っきりになった。
でも不思議と怖くはなかった。
圭吾さんは、必ず迎えに来てくれるもの。
「圭吾さん」
わたしも愛しい人の名を呼んだ。
「圭吾さん」
――志鶴?
圭吾さんの声が聞こえた。
――ああ、やっと見つけた!
「圭吾さん、どこ?」
――おいで、志鶴
薄闇の中に光が射した。
手が、腕が、見える。
駆け寄って飛び込んだ。大好きな人の腕の中に。
「圭吾さん、大好き」
目を開いて最初に見えたのは、いつもと違う圭吾さんの顔だった。
目が赤くて、すごく疲れているみたい。
「彩名、志鶴が目を覚ました」
「本当?」
圭吾さんの後ろから彩名さんが顔を出した。
「まあ、よかった。みんなに知らせて来るわね」
片手を伸ばそうとすると何かが引っ掛かり、圭吾さんがそっとわたしの手をつかんだ。
「引っ張らないで。点滴してるから」
「ここ、病院?」
「そうだよ」
圭吾さんはわたしの髪を撫でた。手に、真っ白い包帯が巻かれている。
「圭吾さん、手を怪我してる?」
「ああ、うん。ちょっとね。たいしたことないよ」
いつ怪我なんかしたんだろう?
「わたし、どのくらい寝てたの?」
「三日」
「そんなに?」
「うん。呼びかけてもなかなか答えてくれなくて、心配したよ」
「ごめんなさい」
「いいんだ。帰って来てくれたから」
圭吾さんはわたしのおでこにキスをした。
「お帰り、志鶴」




