薄闇の中で 1
「志鶴さん! 志鶴さん!」
揺さぶられて気がつくと、どこか薄暗い場所にいた。
「気がつきましたか?」
「……校長先生?」
司先生だ。
ってことは、わたしも……?
「先生、ここって?」
「〈鬼の首塚〉の地霊の内部です。わたしはともかく、なぜ君がここに?」
「先生が倒れたって聞いて圭吾さんと病院へ行ったんです。そこで夕立があって、わたし雷恐怖症なもんで……たぶん、それで」
這って来た闇は、この地霊だったんだ。
「ああ、なるほど。気持ちが弱っていると引っ張られやすくなるのですよ。しかし、志鶴さんまで巻き込んだとなっては――今頃、圭吾は怒り狂っているでしょうね」
司先生は、ため息をついた。
「圭吾に頼み事をされたのは久しぶりでしたから、つい無理をしてしまった」
「圭吾さんは心配してるとは思うんですけど、怒りはしないでしょう?」
あれ? 沈黙?
「志鶴さんには怒らないでしょうね。あの可愛がりようでは」
うーん
どうも、わたしと他の人が見る圭吾さんって違うみたい。
「それで、霊能者の女性はどうなりました?」
「彼女ならあそこに。見つけはしたけれど、連れ帰れそうにもない」
司先生が手で示した方を見る。
暗くてよく見えないので、身を乗り出してみると
「うわっ! 何あれ?」
大きな獣が女の人を抱え込んでる。
犬? 狼?
「狐です。あの通り女性を離さない。しかも厄介なことに半分地霊に飲み込まれている」
「あのままだと?」
「女性も飲み込まれますね」
えっ? そんな平然と言われても
「わたしも、あまりあちらには近づけないのですよ。取り込まれるでしょうから」
あっ、それなら!
「じゃあ、わたしみたいに何の能力もなければいいって事ですね?」
「志鶴さん!」
わたしは、司先生にだいじょうぶと手を振って、大きな狐の方に近づいた。
近くで見ると、意外にも狐は女性を守るようにそっと抱いていた。
「こんにちは」
狐は、胡散臭そうにわたしを見た。
オ前 ダレダ?
「ここの外から来たの」
オレ達モ外カラ来タ。ココハ危険ダ。去ルガイイ
「そうね。だから、その人を守っているの?」
守ッテイル、ズット ズット
「離してあげて。安全な所に連れて行く」
俺ガ守ル
「無理なの、もう無理なの。後ろを見て。あなたの体は半分闇に飲み込まれている。このままじゃ、その人まで」
ダメダ。俺ガイナケレバ、コノ子ハ一人ボッチニナッテシマウ
女性はとうに三十歳は過ぎているだろうけど、この獣にとっては『この子』なんだ。
「きっと誰かが愛してくれる。あなたの代わりに、必ず。だから離してあげて。死んでしまう」
狐は頭を女性にすりよせた。
わたしを抱きしめている時の圭吾さんみたいだと思った。
コレハ死ヌノカ?
狐はわたしを真っ直ぐに見た。
わたしは黙ってうなずいた。
連レテ行ケ。死ヌノハ望マヌ
女性の上の前足が引っ込んだ。
急いで女性を助け起こそうとすると、司先生の手がわたしを制した。
「わたしがやりますよ」
司先生は慎重に女性を抱き上げて、狐に背を向けた。
「ありがとう、助かりました」
でも……ね
わたしは狐を振り返った。
「戻りますよ」
「はい……」
「同情してはいけません。精神的に同調するのは危険です。ここから抜け出せなくなる」
分かるけど。
それは分かるけど。
わたしは、振り返り、振り返り、司先生の後ろを歩いた。
一人はさみしい。
一人は悲しい。
孤独の切なさは誰よりも知っている。
「先生、わたしもう少しここにいます」
司先生が、ギョッとしたように振り向いた。
「だから圭吾さんに伝えて下さい。迎えに来てって」
わたしはそう言い残して、身をひるがえし走った。
孤独に消え行く狐の元に。




