雷鳴の記憶 4
わたし達が病院に着くと、要さんが玄関で待っていた。
「司はどうだ?」
圭吾さんが尋ねると、要さんは口元をキュッと引き締めた。
「俺がちょっと探ってみたが、兄貴の意識まで届かなかった。ありゃ深くまで行ってるな」
「全く! 無理はするなと言ったのに」
「今、優月ちゃんが付いてる。かなり動揺してるよ」
要さんは、わたしをチラッと見た。
やっぱりわたし邪魔かなぁ。
圭吾さんに引っ張られるようにして来てしまったけれど、わたしが来たって何の役にも立たないよね。
わたしは二人の後をついて、この前と同じ入院病棟に行った。
病室に入ると、ベッドの脇に立っていた優月さんが、『圭吾!』って呼んで、圭吾さんにすがりついた。
ちょっと!
わたしの圭吾さんよ!
ムッとしたけど言える訳もなく、慰めるように優月さんの肩を抱く圭吾さんに怒る訳にもいかない。圭吾さんは優月さんが好きなんだもの。
家にいればよかった。
要さんがまたわたしをチラッと見るので、『仕方ないわ』って肩をすくめてみせた。
「じゃちょっと見せて」
圭吾さんは優月さんを少し後ろに下がらせて、ベッドに横たわっている司先生の額に手を当てた。
優月さんは両手を胸に当てて、眠っているような司先生を見つめていた。
本当に、本当に好きなんだろうな。
女の子のわたしでも見とれてしまうような優月さんの綺麗な横顔は不安そうで、涙が後から後から溢れている。
泣き顔も綺麗って、どうなのよ。
心の中で愚痴りながら、わたしは入口横の壁にもたれかかって、病室の中を見回した。
あれ?
今、窓の外 光らなかった?
気のせいかなって思った頃に、かすかに低い音がした。
雷だ。
夕立が来る。
やばい……
圭吾さんには前に雷が苦手って言ったけど、実はわたしは雷恐怖症だ。雷が近づいてくると思っただけで冷や汗が出てきた。
静かにこっそりと病室を出る。
廊下に出てため息をついた。
だいじょうぶ。ここは鉄筋の建物だもの安全だわ。
――って、呪文のように毎回自分に言い聞かせるけど、あんまり役には立たない。
どこかに隠れなきゃ
具合が悪くなる前に
誰かに迷惑かける前に
うわっ、近い!
大きな雷鳴がして、わたしは廊下にズルズルとへたりこんだ。
歩けない
どうしよう
冷や汗が出て、吐き気がした。
怖い
怖い
怖い
頭の中で誰かの声がする。
『大人の邪魔をするんじゃない』
『あんたはいらない子なのよ』
『あんたなんていなくなればいいのよ』
『誰もあんたを愛さない』
違う 違う 違う
あれは誰の声?
怖い 助けてママ
膝を抱えて小さくなる。
「どうしたの? だいじょうぶ?」
優しい声がして顔を上げると、看護士さんがわたしの前にしゃがんでいた。
「気分が悪いの。吐きそう」
よかった、ここは病院だった。
具合が悪くなっても、看護士さんはお仕事だからわたしを助けてくれる。迷惑だなんて思わない。
「どこか痛い?」
「いいえ、雷が怖いんです。いつも気分が悪くなるの」
この子、羽竜さんのところの――
別の誰かの声がする。
ダメ
圭吾さんは忙しいの。
『悪い子は雷様に連れて行かれるのよ』
わたしは悪い子なんかじゃない
雷鳴の大きな音に混じって、何かを引きずるような音がした。
深い暗闇が廊下を這ってくる。
圭吾さん達のいる病室の方からズルズルとこっちにやって来る。
捕まってしまう!
圭吾さん! 圭吾さん! 圭吾さん!
助けて!
実際に叫んだのかもしれない。
わたしの名前を呼ぶ圭吾さんの声がする。
わたしを抱きしめて。
そうしたら何も怖くない。
でも
間に合わないわ きっと。
圭吾さんが走って来る前に、暗闇がわたしの足をつかんでしまう。
『あんたは一人ぼっちだよ』
陰うつな声とともに、暗闇がわたしを取り囲んだ




