雷鳴の記憶 3
圭吾さんはわたしを独り占めできる。でも、わたしが圭吾さんを独り占めするのは難しい。
普段のお仕事は、わたしの休みに合わせて大幅に調整したらしいけれど、思い通りになるとは限らない。
せっかく二人っきりでお茶にしようと思ってたのに、容子オバサンがやってきて、『資産の運用で相談があります』って圭吾さんを引っ張って行ってしまった。
「父の遺産がかなりあるの」
梓さんがわたしに耳打ちする。
「財産分与で父が相続したものだから、元々は羽竜本家のものよ」
それがわたしに何の関係があるの?
「わたしがこの家に嫁入りすれば、また羽竜本家のものになる」
そう、それはステキね。
何の反応も見せないわたしに、梓さんは苛立った。
「あなたに何があるって言うの?」
「何も」
そう、この心以外は。
「圭吾さんには別に好きな人がいるのよ」
「知ってるわ」
本当は優月さんが好きだって、でも手に入らないから――だから、わたしと生きていくと決めたって、
そんな事くらい知ってる。
梓さんはちょっと驚いたようだった。
「あなた、それでいいの?」
「いいの。わたしは圭吾さんを誰よりも好きだから」
でも、改めて人から指摘されると心が痛む。
なんだか気持ちが沈んで、一人で裏庭に出た。
龍たちが寄って来る。
わたしが闘龍用に訓練している白龍が、肩の上に乗った。
「ユキ、梓さんって最低なのよ」
龍に愚痴ってみた。
「意地悪なの。お前をけしかけてやりたいくらい」
龍たちを引き連れて岩山から滝が流れ込む池の側まで行った。
水はきれいだし冷たそうだ。
わたしはその場に座ってサンダルを脱ぎ、足を水の中に入れた。
気持いい。
ユキが肩から降りて、辺りをウロウロと歩く。
「今日は暑いから訓練は無しよ」
わたしがそう言うと、ユキは仲間たちの方へ飛んで行った。
しばらくそのまま水を蹴っていると、頭上から影がさした。
顔を上げると、圭吾さんが後ろに立ってわたしを見下ろしていた。
「楽しそうだね」
「冷たくて気持ちいいわ」
「帽子は?」
「持ってないの」
圭吾さんはやれやれというように頭を振った。
「おいで。ずっといたら日射病になるよ」
わたしは差し出された手をとって水から足を出して立ち上がった。
足元が揺らいで圭吾さんにしがみついたら、そのまま強く抱きしめられた。反射的に逃げようとしたけれど圭吾さんの腕はびくともしない。
「落ち着いて。嫌な事はしないよ」
そういえば、悟くんからも圭吾さんの好きなようにさせなさいって言われたっけ。
もがくのをやめてじっと抱かれていると、圭吾さんがフウッと息を吐いて腕の力を緩めた。
「ほら、だいじょうぶだろ?」
圭吾さんがニッコリと笑う。
よく分からないけど、きっとわたしは何かが上手にできたんだ。
ちょっとだけ
ほんのちょっとだけ
圭吾さんが望むようになれるかもしれないと思った。
「帽子を買わなきゃね」
圭吾さんがわたしの髪に指を滑らせながら言う。
わたしは圭吾さんの顔をじっと見ていた。
この人が好き。
泣きたくなるほど大好き。
「圭吾さん」
「ん? 何?」
「キスしてもいい?」
あれ? 何か台詞を間違った気がする。
圭吾さんは一瞬驚いたような顔をしたけど、『どうぞ』って笑った。
そうか。これだと、わたしからキスしなきゃいけないんだ。
どうしよう。
圭吾さんが体を屈める。
「首に腕まわして」
言われた通り圭吾さんの首に腕を回して引き寄せ、そっと唇を重ねてみた。
真っ赤になって圭吾さんを見上げた。
「短すぎるよ」
そうなの?
「もう一度。少し顔を傾けて――そう」
不思議な感じ。
体が熱くなってフワフワする。
唇を離しておでことおでこを合わせた。
「わたし、ちゃんと出来た?」
「上手に出来たよ」
圭吾さんは微笑んだ。
「夏休みの終わりまで待たなくてすんだ――これで僕は君の恋人になれた?」
「なれたと思う……たぶん」
「あやふやだな」
圭吾さんは苦笑した。
「圭吾さん、ケータイ鳴ってるよ」
「ああ、分かってる」
圭吾さんはいかにも渋々って感じで携帯電話をポケットから取り出した。
「要だ……要? ああ。今、家だけど。どうした?」
圭吾さんの表情が変わる。
「分かった。すぐに行く」
電話を閉じて、圭吾さんはわたしを見た。
「どうしたの?」
「司がしくじった。引き込まれて意識が戻らない」




