雷鳴の記憶 2
圭吾さんを待ちながら、夏休みの宿題を教室でしていた。
いつもの夏休みをふと思い出す。
朝早く起きて
朝ごはん作って
親父を仕事に送り出して
掃除と洗濯をすませて
――夕方まで図書館にいた。
家にいるとお隣のおばさんが何かと気を配ってくれるのが嫌だった。恩知らずみたいだけど、誰にも迷惑をかけたくなかった。
今は圭吾さんが当たり前のように毎日わたしの世話を焼く。
それが気にならないのはなぜだろう?
両手を投げ出して机の上に突っ伏した。
ノートが頬にあたる。
「なっちゃん、どうしてるかなぁ」
隣の家の夏実ちゃんは同い年で、中学までは一番の仲良しだった。
高校生になって、学校が別になって、なんとなく前のようには何でも話せなくなって、ついにはわたしが引っ越す事になってしまって、もう四ヵ月も連絡してない。
怒ってるかな?
それとも、わたしのことは忘れちゃったかな。
家に帰りたい。
時々さみしかったけど、親父との暮らしは幸せだった。
「家に帰りたいなぁ……」
急に切なくなって、つぶやいた。
「帰りたい」
「今日は出かけたくないの?」
圭吾さんの声がしてギクッとした。
顔を上げると教室の入り口に圭吾さんが立っていた。
「用事、終わったの?」
「終わったよ。帰る? それともどこか出かける?」
「か……帰りたい」
どうか、さっきの言葉を誤解してくれますように。
ただのホームシックとはいえ、実家に帰りたいなんて言ったら圭吾さんを傷つけてしまう。
圭吾さんは教室に入ってきてわたしの前に立った。
「帰りたい? 家に?」
「うん」
「どこの?」
ごっ……ごまかしきれてないっ!
「け……圭吾さんの家」
「そう? それならいいけど」
わたしは急いでノートやペンケースをかばんにしまった。かばんを持とうとしたところで、圭吾さんが『貸して』って言って持ってくれた。
手をつないで教室を出る。
「明日からずっと志鶴を独り占めできる」
圭吾さんが言った。
これ以上?
毎日、独り占めしてるじゃない。
「午前中、また病院へ行っていたんだ」
歩きながら圭吾さんが言った。
〈首塚〉で倒れていたテレビクルーのうち、例の霊能者の女性だけ意識が戻らないという。
「それほどすごい能力者じゃないと感じるんだけど、何かがネックになっていて呼び戻せないんだ。こういう事に関しては司の方が上手いから頼みに来たんだよ」
頼んだ?
圭吾さんから?
「OKもらった?」
「快諾してくれたよ」
よかった。
本当に仲直りしたんだな。
「前に言ったろ? 志鶴と一緒なら僕もまともな人間になれるって」
つないだ手に力が入った。
「志鶴が必要なんだ。分かっているよね?」
「うん」
「大切にするから。誰よりも大切にするから」
ずっと僕のそばにいて――言葉にされなかった圭吾さんの願い。
本当にわたしは圭吾さんを幸せにできる?――声にならないわたしの恐れ。
「じゃあ、とりあえず今日はゲームに付き合ってもらおっかな」
おどけて言うと、
「喜んで」
圭吾さんは微笑んだ。




