雷鳴の記憶 1
朝、目が覚めたらやっぱり圭吾さんの腕の中で寝ていた。
わたしの、わたしだけの圭吾さん。
昨日はバカだったなぁ。
優月さんに嫉妬する理由なんて何もないのに。
「起きたの?」
頭の上の方から圭吾さんの声がする。
「うん。今、何時?」
「六時くらい」
「もう起きる。今日はバスで行くね」
「送るよ」
「バスで行きたい」
「志鶴」
圭吾さんの声が警告するように低くなる。
「先延ばしにしたところで何も変わらないぞ」
「圭吾さんは何でも知りたがり過ぎ」
「志鶴は隠し過ぎだ」
次の瞬間仰向けにされ、圭吾さんはわたしの頭の両脇に肘をついて上から見下ろした。
厳しい顔。
押さえ付けられこそしなかったけど、脅しとしては十分に効き目があった。
「ヤキモチ妬いたの」
半ベソになりながら白状した。
「圭吾さんは前にも誰かとデートしたんだろうなって思ったら、嫌な気分になったの」
さすがに優月さんの名前は出せなかった。
圭吾さんは驚いたようにわたしを見下ろしていた。
「過去は変えられないけど、これから先はずっと志鶴が一番大切だよ」
「分かってる」
「泣かないで。少し脅しがきつかったかな」
「失礼ね。泣いてなんかいないわよ」
わたしは体をよじって圭吾さんの腕から抜け出して、ベッドの上に座った。
えっ?
見慣れない部屋に唖然とした。
圭吾さんの部屋に泊まる時にいつも寝ているソファベッドじゃない。ちゃんとした本物のベッド。
「圭吾さん、ここどこ?」
小さな声で訊いた。
「僕の寝室の僕のベッド」
圭吾さんはニコリともしないで答えた。
何がなんだか分からなくて混乱していると、圭吾さんも起き上がり、片手を上げてわたしの髪の間に指を差し入れた。
「少しずつ慣れなきゃね」
「何に?」
「心配しなくてもいいよ。僕が分かっていればいい事だから」
圭吾さんは微笑んだ。
「支度しなさい。僕が送ると言ったら送るよ」
**********
夏休み補習も最終日。
今日の帰りはみんな浮かれている。
『カラオケ行くぞ!』って誰かが言い出して、クラスの半数が行くことになった。
「わたしは帰るね」って言ったら大ブーイング
たまにはみんなで遊ぼうよ――って
どうしようかな。
帰っても彩名さんはアトリエにこもりっきりだし
圭吾さんがいるとは限らないし
なにより梓さん達に会いたくないし
やっぱりちょっとだけ行こうかな……
「志鶴は無理みたいよ」
亜由美がそう言って、教室の入口の方を意味ありげに見た。
圭吾さん?
圭吾さんがいる。
慌てて入口まで小走りで行った。
「慌てなくてもいいのに。手、机にぶつけたろ。見せてごらん」
全然なんともないのにって思いながら右手を出す。
圭吾さんはわたしの手をとって親指で指の関節をそっと撫でた。それから手の平を返して指の付け根を撫でる。
ドキッとして、次に体がカッと熱くなった。
「司に用事があって来たんだ」
圭吾さんはわたしの手の平を撫でながら言った。
「少し待っていてくれる? 一緒に帰ろう」
「じゃ、ここで待ってる」
ああもう! 動揺して小さな声しか出ない
「いい子だ」
優しく抱きよせられて、頭のてっぺんにキスされた。
「ここは見物人が多いみたいだね」
圭吾さんが笑いを含んだ声で言う。
げっ! みんな見てる?
「ま、いいよね? 少なくとも志鶴に手を出すなって警告にはなるし」
圭吾さん、わ……わざとなの?
恥ずかしすぎる。




