夜明けの嵐は突然に 4
最初の出会い方がまずかったせいか、圭吾さんはとにかくわたしに弱かった。
夕食の時も、自分の横にわたしを座らせ、ずっと世話を焼き続けた。
「これは好き?」
「アレルギーとかある?」
圭吾さんは、緊張して口数の少ないわたしに、根気よく話しかけた。
それはとても珍しい事だったらしく、彩名さんも和子さんを筆頭とするお手伝いさん達も呆気にとられていた。
「圭吾がこんなに喋るのを見たのは何ヶ月ぶりかしら」
伯母さんだけは、何だか嬉しそうだ。
圭吾さんに勧められるままに料理に箸をつけた。
誰かが作ったご飯なんて何年ぶりだろう?
「おいしい」
わたしがそう言うと、圭吾さんは嬉しそうな笑顔を見せた。
こんな綺麗な笑顔をする人が、本当に気難しいんだろうか?
わたしには、穏やかで優しい人にしか見えないけどな。
責任感の強い人なのかも、って思った。
真面目で、笑ったりする事があまりないから、『気難しい』なんて言われるんじゃないのかな?
わたしの事だって、わざわざ保護者を買って出て、自分の責任の一つにしちゃったみたいだし。
わたしが早くこの家に慣れればいいんだ。
少なくとも、慣れたように振る舞えばいい。
そうしたら
この人は、わたしを気にかけなくてもよくなって、いつもの生活に戻れるだろう。
うん。
まずは、ハキハキ受け答えすることかな……
「圭吾さんも食べて」
わたしが言うと、圭吾さんは戸惑ったように瞬きをした。
「さっきから全然食べてないですよ?」
「ああ」
圭吾さんは苦笑した。
「本当だ」
早く自分の部屋に戻りたいな……
食事の後ですぐに引っ込んだら失礼かな。
でも、わたしの真の苦境は食事の後にやって来た。
お風呂?
ええ、お風呂は好きですとも。
でも、ここのお家ってお風呂上がりにパジャマでウロウロしてもいいの?
スウェットなら無難か。
それより、お洗濯物はどうしたらいいの?
お風呂に案内してくれた彩名さんに聞くと、
「そこのランドリーバッグに入れておけば、洗ってもらえるわよ」
との答え。
「下着はどうするんですか?」
「ネットも置いてあるから、それに入れてランドリーバッグに入れればいいわ」
あ……あぁぁぁ
お嬢様な彩名さんに聞いたわたしがバカだった。
見たところ、洗濯機らしき物はない。
でも絶対にどこかにあるはずよ。
一人になってから、廊下に出てあちこちを覗いてみた。
いかにも挙動不審にウロウロしているうちに、わたしは和子さんと鉢合わせしてしまった。
「志鶴様? どうかなさいましたか?」
「洗濯機を探しているの」
決まり悪かったけれど、この際たらいと洗濯板でも構わないと思い始めていたので、正直に言った。
「まあ、彩名様はお教えしなかったのですね。お洗濯物なら、脱衣所のランドリーバッグにお入れ下さいまし」
「彩名さんは教えてくれたんですけど……そうじゃなくてね。お洗濯は自分でしたいの」
「志鶴様はお預かりしているお嬢様ですから、そういう事は気にされなくてよろしいのですよ」
いや、気を使ってるんじゃないってばっ!
「下着は自分で洗いたいの」
今まで他の人に洗ってもらった事なんてないのよ。
「和子ばあや」
後ろから圭吾さんの声がして、わたしは飛び上がりそうになった。
「慣れない事ばかりでは可哀相だ。好きにさせてやりなさい」
ああ……助かった。
下着云々の話を聞かれたのは恥ずかしかったけど、洗濯機の場所を教えてもらえるなら、どうってことはない。
「おいで。ご所望の洗濯機を見せてあげるよ」
圭吾さんにそう言われて、後ろについて行った。
きゃあ――――
洗濯機よ!
二台もあるぅ
乾燥機も!
安心して洗濯機に縋り付きそうになったわたしを見て、圭吾さんは笑った。
「僕に言えば、大抵の事はお望み通りにしてあげられるよ」
圭吾さんになるべく迷惑をかけないという決心なんて吹っ飛んでしまった。
「ありがとう!」
「じゃあ、安心したところでお風呂に入っておいで」
圭吾さんはわたしの頭を両手でくしゃくしゃにした。
「はぁい」
圭吾さんって、本当に妹が欲しかったのかもしれない。
素直に懐けば可愛がってもらえるのかな。
憧れにも似た気持ちで胸がいっぱいになった。
わたし、ずっとお兄さんとかお姉さんがほしかったんだよね。
この家で暮らすのもそんなに悪くないかも。
呑気にそんな事を思いながら、わたしは浴室の引き戸を開けた。
はい――?
ええ、いい香りね。
総檜のお風呂だわね。
テレビの旅行番組でしか見た事ないわ……
――うわぁん やっぱ帰りたいぃ




