モンスター母子 2
おっ
廊下が何やら騒がしい。
よかった。
あの足音は圭吾さん。
機嫌が悪いときの圭吾さんの歩き方。
「圭吾です。入りますよ」
立ったまま、襖をサラっと開けて入って来た圭吾さんは、わたしの顔を見てホッとした表情を浮べた。
心配していたなら、おあいにくさま。
泣いてなんかいないわよ。
「お久しぶりね、圭吾さん」
容子オバサンが言った。
「お元気そうで何よりです」
圭吾さんは、わたしの横に座った。
「伯母様も梓さんも、お変わりないようで。留守にしていて失礼しました。先に連絡を下されば、お待ちしていたものを」
「そうね。でもほら、ここはわたくし達の家のようなものですもの。あまり堅苦しくはしたくないと思って」
容子オバサンがホホホと笑う。
「わたし、圭吾さんを驚かせたかったんですの」
と、初めて梓さんが口を開いたのでそっちを見たら――
はい?
この人、どうしてハンカチ持って涙ぐんでんの? さっきまで無表情でお茶飲んでたじゃない。
「十分に驚かせてもらいましたよ」
圭吾さんが皮肉っぽく言う。
あら、涙はスルーなんだ。
「今年も圭吾さんにお会いするのを楽しみにしてましたのよ」
「そうですか」
「まさか、他の方とお付き合いされてるとは思ってもいませんでした。わたし、ショックで」
「なるほど」
「わたしの気持ちはご存知だと信じていましたのに」
「ええ。早く気持ちを切り替えられるよう願っています」
あー、『取りつく島もない』って、こういうの?
「志鶴にはお会いになりましたね? 学校から帰ってそのままなので、失礼させてもらいますよ――志鶴、制服を着替えておいで」
さっすが圭吾さん!
助かったぁ。
そろそろ、足がキビシイのよ。
「では、失礼します」
頭を下げてご挨拶。
いつも和子さんが口うるさいくらいに教えてくれているから、何とかお行儀よく戻れそう。
でも、廊下に出た途端――
イテ、イテテテテ。
し、痺れた。足が、足が……歩けない。
わたしは足を投げ出して座り直した。
ん?
襖越しに、容子オバサンの高い声が聞こえる。
行儀悪いけど……いっか
わたしは、好奇心に負けて襖に這い寄った。
――圭吾さん、あなたは羽竜の当主ですよ。勝手に嫁を選んでいいとお思い?
――勝手に選んだつもりはありませんが?
圭吾さんのゆったりした声が後に続く。
――例会の折りに、各家の主に報告してあります。特に反対意見は出ませんでした。
――それはそうでしょうね。お母様のお身内ですもの。
――ええ。身元調査は要りませんからね。
――わたくしは、そういう事を言ってるのではありませんよ!
ドンという音がした。
――貴子さんのお身内だという無言の圧力で、反対意見が出なかったのではないの?
――さあ。
――『さあ』って、圭吾さん! 真面目にお答えなさい!
テーブル叩くのやめてよ。この調子なら、いつか壊れる。
――皆が、母に気兼ねした面はないとは言いません。でも、志鶴は若くて健康だ。家柄にも問題はないとなれば、反対する理由はないでしょう?
――若くて健康ならばいいってものじゃありません! 旧家の嫁としての心構えのようなものが必要でしょう?!
――そうですね。その点は僕がちゃんと教育していますから、ご心配なく。
えーっ? 教育……してない、してない。
圭吾さん、大甘だもん。
容子オバサンが何か言いながら、またテーブルを叩いた。
あーあ、面倒な夏休みになりそう。




