夏休み計画 4
相手が好きだからといって、嫌な事を我慢する事はないと圭吾さんに言われた。手首をつかまれたり、押さえ付けられるのは嫌いと、はっきり言ってしまうと気が楽になった。
知ってしまえば圭吾さんは気をつけてくれるだろうから。
「志鶴は大事に大事に扱わなきゃならないね」
「面倒よね」
「平気だよ」
「圭吾さんは何をされるのが嫌?」
「そうだな……志鶴に嫌われるのが嫌だな。それと――」
それと?
「他の男と話してるのは見るのも嫌だ」
吐き捨てるように言った後で圭吾さんは上を見上げた。
「ゴメン、つまらない事言った――アイスクリームあるけど食べる?」
わたしはコクンと頷いた。
心にさざ波が立つような気がした。
圭吾さんは優月さんの事を思い出して言ったんだ。圭吾さんを捨てて、別の人を愛したあの美しい人の事を。
わたし達の間で優月さんの名前が直接出た事はないけれど、
たぶん圭吾さんの初恋の人で
たぶん今でも好きで
子供っぽすぎて圭吾さんを困らせてるわたしにはヤキモチ焼く資格もない。
「わたし、他にも嫌いなものがあるの」
ぎこちない間が嫌で、アイスクリームを持ってきてくれた圭吾さんに明るく言った。
「何?」
「笑わないでよ?」
「笑わないよ」
圭吾さんはわたしの横に座った。
「雷」
「雷?」
「大きな音が苦手。びっくりしちゃう」
「嫌いな人間の方が多いよ。どうして笑われるって思った?」
わたしはアイスクリームを大きくすくって圭吾さんの口元に差し出した。圭吾さんはそれをパクッと食べる。
「志鶴?」
「……小さな子供みたいだから」
「僕はそのままの志鶴が好きだよ。子供っぽいところが可愛くてからかう事もあるけど、馬鹿にしている訳じゃない」
「分かってる。でも、自分に自信が持てないの」
「ゆっくり進もうと決めただろ。僕は待てるよ。まあ、今朝みたいに先走ってしまうこともあるけど」
「今朝っていえば、わたしどうして圭吾さんと寝てたの?」
圭吾さんはちょっと困ったような顔をした。
「夜中に志鶴がいるかどうか見に来たんだ。あんまり気持ちよさそうに寝てたから、ちょっとだけ添い寝をしたくて――朝早く起きればいいと思ったんだけど」
えっ? それって……
「圭吾さん」
「ん?」
「今までにもやったことあるわね?」
「どうかな」
「どうかなって……」
急におかしくなって、わたしはケラケラと笑いだした。
「いたずらが見つかった男の子みたい。圭吾さんにも子供っぽいとこあるのね」
「そう?」
「わたし、心配してたの。ひょっとして圭吾さんはわたしたちの関係を先に進めたくなったのかなって」
「進めたいのは山々だけどね。今朝の僕はただ志鶴と少しでも長く一緒にいたかっただけなんだ」
やっぱり先には進めたいんだ
「わたし達、デートしたらどうかな?」
「デート?」
「みんながしているようなデート。その間は圭吾さんは『お兄さん』じゃなくてわたしの彼氏として考えるようにする。付き合いはじめたばかりの彼って考える」
「面白いね。いいよ。ただ僕としては、何か到達目標みたいなものが欲しいな」
「例えば?」
「例えばキスとか」
うっ……
「頬っぺたでもいいよ」
圭吾さんが笑う。
ちょっ、そこまで子供じゃないわよ。
「分かった……夏休みの終わりに唇にキス、でどう?」
胸がドキドキしたけど、これがわたしの夏休みの宿題だ。
「本気? 僕としては嬉しいけど」
「問題がひとつあるの」
「何?」
「みんながどんなデートするのか知らないの」
圭吾さんはプッと吹き出した。
「僕も高校生の女の子が望むようなデートはよく分からないな。友達にきいてみたら?」
そうか、その手があったか
「でね、志鶴」
「なぁに?」
「僕も今もう一つ問題を抱えてる」
「本当? 何?」
「どう誘ったら今夜もここで一緒に寝てくれる?」
アイスクリームのへら、飲み込みそうになった。




