夜明けの嵐は突然に 3
「ゴメン! 本当にゴメン!」
圭吾さんは、わたしに平謝りに謝った。
「だいたい、今日は志鶴ちゃんが来る日だと言っておいたはずよ」
彩名さんが叱るように言った。
「今まで何をしていたの?」
「ああ、ゴメン。少し仕事が長引いて」
この人、謝ってばかりだわ。
何だかちょっとかわいそう。
「怖がらせたかなぁ」
彩名さんに抱きついたままのわたしを見て、圭吾さんは言った。
「最初からやり直させてくれないか? 僕は、君の従兄の圭吾だ。よろしく」
握手を求めるように手が差し出される。
無視する訳にもいかず、わたしもおずおずと手を差し出した。
「志鶴です。よろしくお願いします」
大きな暖かい手がわたしの手を包みこんだ。
穏やかな優しい目。
気難しい人って本当かな。
「怖がらないで。噛み付いたりしないから」
おどけたように言われて少しだけ微笑むと、圭吾さんも笑顔になった。
「僕が保護者になるんだったね?」
そうなんだっけ?
「お母様が、自分が親代わりでいいかって三田の叔父様に言ってらしたわよ」
彩名さんが言った。
「なんだって? この土地の事は全て僕の責任だぞ」
「あなたに言っても、唸るような返事しか貰えないのだから仕方ないでしょう」
「母さんと話して来る」
圭吾さんは、クルッとドアの方を向いて出て行きかけて、またわたしの前に戻って来た。
「保護者は僕だ。後で学校の事を話そう。いいね?」
わたしがコクンとうなずくと、圭吾さんはアトリエから出て行った。
「珍しくご機嫌ね。何かいい事でもあったのかしら」
彩名さんが不思議そうに言った。
「いつもはニコリともしないのに」
そうなの?
やだなぁ……別に伯母さんが親代わりでもよかったのに。
しばらくしてアトリエに戻って来た圭吾さんは、自分でコーヒーを入れて、わたしの横の椅子に座った。
わたしはちょっとばかりビビって、自分の椅子を横にずらした。
「困ったな……僕が怖い?」
圭吾さんの言葉に慌てて首を横に振る。
「人見知りなんですって。初対面の人は苦手らしいわよ」
彩名さんが助け舟を出してくれた。
「うーん……僕は君と仲良くなりたいんだけどダメかな?」
大人の男の人がいかにも弱り切った様子なのが、何だかおかしかった。
「『ダメかな』ってきかれたら、ダメって言えないわ」
わたしは小さな声で言った。
「よかった」
圭吾さんはホッとしたようだった。
「学校は新学期からの編入だから、違和感なく入れると思うよ。二年生はクラス替えになってるしね」
わたしはうなずいた。
「制服と教科書は明日買いに行こう」
「わたしが連れて行くわね」
彩名さんが言った。
「僕も行くよ」
「あらまあ、どういう風の吹き回し?」
「一緒にいれば、それだけ早く馴染むだろ?」
「あなたにしては、いい心掛けね」
どうやら圭吾さんは、真剣にわたしを預かろうと決めているみたい。
『お荷物』だと思わないでほしいな……
「あの……わたし、そろそろ部屋に戻って荷物を整理してきます」
「もう?」
圭吾さんが顔をしかめて言った。
「手伝おうか?」
「いいえ! お手伝いしてもらうほどの量じゃないので」
「それなら――」
「圭吾」
彩名さんが警告するように圭吾さんの言葉を遮った。
「少し休ませておあげなさい」
「分かったよ」
圭吾さんはあきらめたように、ため息をついた。
「じゃ、夕食の時に部屋まで迎えに行く」
「あら! あなた、夕食を食べる気?」
彩名さんが目を丸くした。
「食べるよ。誰だって食べるだろう?」
『でも』と言いかけて、彩名さんは残りの言葉を飲み込んだようだった。
「そうね。そろそろそうしてもいい頃だわ」
おかしな言い方だと思った。
「とにかく、僕にも妹ができた訳だから、ちゃんとしないとね」
圭吾さんはそう言って、コーヒーを飲み干した。
『妹』という言葉に舞い上がる気持ちを抑えながら、わたしはポツンと
「いつも通りで」
と言った。
圭吾さんがわたしの方を見たので、慌てて目を伏せた。
「いつも通りにしていて下さい」
わたしの事なら、気にしないで。
なるべく邪魔にならないようにするから。
「あ……ゴメン。迷惑だよね」
圭吾さんの言葉に、わたしは弾かれたように顔を上げた。迷惑って――
「ほら僕は弟だから、何て言うか……兄貴の真似事をしたかったんだけど。まあ、君が迷惑だって言うんなら仕方がない」
ええっ?!
そうじゃなくてっ!
「迷惑なんかじゃありません!」
思わず大きな声で否定すると、圭吾さんがニコッと笑った。
「そう? それなら、僕が君の周りをうろついても平気だね?」
あ……あれ?
「妙な遠慮はなしってことでどう? 僕も彩名も君と仲良くなりたいし、君にこの家で楽しく暮らしてもらいたいんだ」
「えーと……あの……」
「とりあえず僕も部屋に戻るから、途中まで一緒に行こう。何せだだっ広い家だろ? 最初のうちは迷子になるよ――じゃあ彩名、また後で」
何? なぜ? どうして?
気づいた時には、わたしは圭吾さんに連れられて、二階への階段を上っていた。
それにしても
手、繋ぐ必要あるんだっけ??