ラプソディ・イン・プール
「圭吾さん、あのね」
夕食の席で志鶴が切り出した。
「もうすぐ夏休みでしょ? それでね、友達とプールに行こうかって話をしてるんだけど」
「プール?」
「うん。隣町に大きなレジャーランドあるでしょ。あそこの」
ああ、あそこか。
泳ぐというより、ウォータースライダーがあるような水遊びをするためのレジャープールだ。
「それでね、行っていいかなぁって思って」
志鶴の口調がひっかかる。
「僕に反対されると思うような何かがある訳?」
あっ、しまった! 言い方がちょっときつかったか?
「男の子も一緒なの」
蚊の鳴くような小さな声。
何だって? 男と一緒にプールってそれはダメだろう。
口に出しては言わなかったが、志鶴はチラッと僕の表情を見て目を伏せた。
「まだ行くって決まった訳じゃないから。みんなの予定が合わないかもしれないし。お休みの日に圭吾さんに連れて行ってもらった方がいいかも」
母と姉の視線が痛い。
ああ、どうせ僕は心の狭い男だよ。
志鶴は何事もなかったかのように振る舞っていたが、食べてるっていうより箸で料理を突いていいるだけのようだった。
さて、どうしよう
一人になって頭の整理をした方がよさそうだ。
「ごちそうさま」
僕が立ち上がると、志鶴は不安そうに僕を見上げた。
「電話をかける用事があるから後でね」
そう言って志鶴の頭のてっぺんにキスをした。少しは不安が和らぐことを願って。
志鶴の家は父子家庭で、志鶴はいつも家事に追われていた。
この家に来るまでは友達と遊び歩くなんて事はほとんどなかったはずだ。
結婚して身勝手な僕に縛りつけられる前に、せめて普通の学生生活をさせてあげるべきなんだろう。
それは分かっているのだけれど……
まさか僕が高校生の集まりに一緒に行くわけにはいかないし。
まあ、女の子だけで行かせてどこのどいつか分からないような奴らにナンパされるよりは、僕の顔色をうかがうような男子高校生と遊ばせる方がまだましか。
だけど
気に入らない
待てよ?
そうだ
あいつがいる
僕は携帯電話を取り出して、従弟の一人に電話をかけた。
「悟か? 破格のバイト話を聞きたくないか?」
**********
「志鶴、入るよ」
志鶴の部屋のドアをノックして声をかけた。
鍵はかかっていない。
まだ嫌われてないってことか。
いやそれどころか、僕を迎えたのはいつもの笑顔だ。
ああそうだった。
志鶴はめったな事ですねたりしない。
ただあきらめるだけだ。
それは人の言いなりになる弱さではなく、大切な人を守ろうとする強さゆえ。
志鶴は今までどれ程の事をあきらめてきたのだろう。
大事な父親に心配をかけないため。
父親が他人から批判されないようにするため。
そして今は僕の心を傷つけないため。
いじらしくて
胸が痛くなるほど愛おしくて
僕は志鶴を抱きしめる。
「やっぱり、友達と遊びに行っておいで」
「いいの?」
「うん。ただ一つだけ僕の頼みを聞いてくれないか?」
「なぁに?」
「隣のクラスに僕の従弟がいるだろう? あいつをメンバーに入れてくれ」
「羽竜悟くん? 話した事ないけど」
「さっき電話で頼んでおいたから大丈夫。承諾してくれたよ。明日、向こうから話しかけてくるさ」
不思議そうな顔。
まあ、僕の前の恋人が悟の兄貴に奪われた事を考えれば無理もない。
「圭吾さんはそれでいいの?」
「むしろそうしてほしい。悟の事は信用してる。僕の代わりに志鶴の面倒を見てくれるだろう」
「わたし、子供じゃないのよ」
「そう?」
無邪気で、臆病
まるっきり子供じゃないか。
「志鶴って泳げるんだっけ?」
「あんまり」
「頼むから悟を連れて行って、留守番をする僕を安心させてくれ」
それから数日間、志鶴は舞い上がったようにはしゃいで友達と遊びに行く計画を立てていた。
こんなに喜ぶならいくらでも遊びに行くといい。
遊びに行く当日、車で送ろうかと訊くと、『みんなで電車で行くからいい』と言う。
まるで遠足に行く子供だ。
笑いを噛み殺しながら、出かける志鶴を見送った。
「今回はずいぶんと余裕じゃなくって?」
姉の彩名がからかうように言った。
「悟を子守につけた」
「まあ、悪賢い弟だこと! でも、よくあの子が承知したわね」
「パリ往復の航空券で簡単に手を打ったよ」
「なるほど、納得したわ」
彩名はあきれたように頭を振った。
さてと、志鶴が帰って来るまでに仕事を片付けてしまおうか!
夕方になって、部屋で仕事をしていると志鶴が帰って来て僕の仕事部屋の入口からひょっこり顔をのぞかせた。
「圭吾さん、ただいま」
「お帰り。こっちにおいで」
志鶴は僕のそばに来ると首に腕を巻き付けて抱きついた。
「今日はありがとう」
「どういたしまして。悟からメールが来ていたよ」
志鶴の画像つきで。
「悟くん、とっても親切だった」
「志鶴の事が気に入ったから、学校行事でエスコートが必要な時はいつでもどうぞだって」
その代わり、クリスマスにもアルバイト料がほしいらしいが。
「あんまりいい考えだと思わないけど」
「そう? そうでもないよ。悟にはフランスに留学中の恋人がいるんだ」
「なぁんだ。だから圭吾さんは平気だったのね」
「彩名の友達でもあるんだけどね。ほら、みんなで撮った写真」
志鶴は受け取った写真をまじまじと見て
「圭吾さん?」
「何?」
「この人男の人よね」
「そうだよ」
「えっ、え――――――っ!」
驚く志鶴を見て僕は笑い転げた。
「志鶴を見てると飽きないよ」
「ひっどい!」
それから志鶴はもう一度僕の首にかじりついた。
「でも、大好き」
知っているよ。
僕の大事なお姫様。




