真夏の赤ずきん
志鶴の部屋のドアが開いている。
暑いから風を通しているんだろう。
志鶴はうちに住む高校生の従妹。
通りがけにのぞくと、ベッドの上に腹ばいになって何かやってる。
音楽でも聞いているのか上に折り曲げた片足がクルクルとリズムを取っている。
全く無防備。
タオル地の部屋着は下着よりちょっとマシという程度にしか体を覆っていない。
僕にとってはいい眺めだけれど。
開いたドアをノックすると、志鶴は慌てて飛び起きた。
ああ、携帯でワンセグ見てたのか。
「上に大きなテレビがあるけど?」
僕がそう言うと志鶴はニッコリと笑顔をみせた。
かわいい。
「圭吾さんは今日何を見るの?」
「つまらない書類だよ」
それと、愛しい君を。
「だから志鶴の好きな番組を見ていいよ。来るかい?」
志鶴は跳ねるような足どりでついて来る。
『その部屋着のままでいいの?』って言葉が喉まで出かかったが、構うもんか。どうせ僕しかいないんだから。
我が家の連中は、みんな僕と志鶴がうまくいく事を願っている。祈っているって言った方がいいかもしれない。
だから、志鶴のこんな格好を見てもきっと眉ひとつ動かさない。
ああ、それにしても志鶴ときたらこっちの胸が痛くなるほど僕を信頼しきってる。
狼に声をかけられた赤ずきんだってもう少し警戒心を持っていただろう。
三階まで階段を上り、僕の部屋のドアを開けた。
お入り 僕の赤ずきん。
僕の部屋は三階のフロア全部で、マンションのように独立した場所になっている。
居間にしている部屋の壁には大型の液晶テレビ――志鶴がここで見たくなるように。
テレビが見やすい場所に大きなソファ――志鶴は足を上に上げて座るのが好きだから。
最新式のテレビゲーム機もある――僕はあまりやらないけれど、志鶴の気を引けるなら何だって。
彩名が気をきかしてくれるからいいようなものの、黙っていたら志鶴は僕より彩名と過ごすことが多くなるんじゃないだろうか。
姉に嫉妬する日が来るとは思ってもみなかった。
僕の悩みをよそに、志鶴はソファに上がりクッションを抱えて、嬉しそうにリモコンのボタンを押した。
アイドルグループのバラエティ番組か。志鶴のタイプってどいつだろ。
僕は少し離れた場所で、仕事の書類を見ながら時々志鶴を見る。
番組がひとつ終わると、志鶴は後ろを向いて
「圭吾さん、まだお仕事なの?」と訊く。
「もう終わるよ。アイスクリームでも食べる?」
志鶴はアイスクリームが大好きだ。学校帰りにしょっちゅう友達とアイスクリームショップに通ってるのを僕は知っている。
カップのアイスクリームとスプーンを渡すと、嬉しそうな笑顔。
僕は自分の分は持ってこない。
志鶴が自分のアイスクリームを時々僕の口に入れてくれる方が好きだから。
女の子らしいとりとめのないおしゃべり。だんだん言葉数が少なくなって、柔らかい身体が僕にもたれかかる。
無邪気な寝顔。
志鶴の部屋に連れて行った方がいいんだろう。
「ぐっすり寝ているし、起こすのはかわいそうだ」
ずっと離したくなくて、僕はずるい言い訳をする。
毛布をとってきてかけてやる。
かわいい寝顔。
身体が熱くなる。
心はもっと。
僕の中の悪い狼が
『このまま抱いてしまえ』
と、ささやく。
『泣かれても奪ってしまえ』
と、そそのかす。
僕は静かに志鶴の両脇に手をついた。
「圭吾さん 大好き」
小さな唇から、小さな寝言がこぼれた
くそっ! ずるいぞ志鶴!
今、それを言うのか
愛しい寝顔。
僕はため息をひとつついて、志鶴の横にもぐりこむ。
柔らかい身体を後ろから抱きしめて、『これくらい許してくれ』とつぶやいて、なめらかな肩に口づけをする。
まどろむ志鶴の心が、僕の中に流れ込んでくる。
もうすぐきっと、
志鶴は僕の全てを受け入れてくれる。
おやすみ 僕の赤ずきん。




