朝日が昇れば 2
「どうしても、です。お願いします」
圭吾さんが電話に向かって、頭を下げんばかりに頼んでいる。相手はうちの親父。
圭吾さんが国際電話をかけて、わたしと結婚したいと親父に言ったのが事の発端だ。
親父は最初に、わたしに電話を代わってくれと言った。
――どうなってるんだ?
どうなってるって言われても……
「圭吾さんのお嫁さんになろうと思って」
――そっちへ行ってまだ三ヶ月だぞ
「だって、圭吾さんがわたしがいいって言うんだもの」
――何かあったのか?
「何かって?」
――つまり……その、何だ、間違いというかなんというか
親父の言い方は歯切れが悪い。
「間違いって何の?」
わたしがそう言った途端に、後ろをウロウロと歩き回っていた圭吾さんが、喉を詰まらせたようにむせた。
――ああ、いい。もう一度、圭吾君に代わってくれ
受話器を渡すと、圭吾さんがまくし立てた。
「いいですか? 僕は真面目に言っているんです。不埒な事は何ひとつしていません――ええ、そうです。手も握ってませんよ」
圭吾さん、それは言い過ぎじゃない?
ん? ってことは、親父の言う『間違い』って……
ちょっと! 娘になんて事きくのよ!
「どうしてって、彼女を好きだからです。他に理由なんてありません」
親父も頑なだけど、圭吾さんも粘る粘る。国際電話って一分いくらかかるんだろ。
かれこれ一時間揉めた末に、貴子伯母様まで加わって、何とか話がまとまったらしい。
「手強かった……」
圭吾さんは、疲れ果てたように頭を抱えて椅子に座り込んだ。
「花嫁の父よ。当然じゃない」
彩名さんが、ティーポットの紅茶をカップに注ぎながら言った。
「お疲れ様。お話はまとまって?」
「なんとかね」
「圭吾さん、お砂糖入れる?」
わたしが訊くと、圭吾さんはゲラゲラと笑い出した。
何よ?
「自分の結婚の話より、紅茶の話が優先事項なのかい?」
うーん……だって『結婚』って言っても、実感が湧かないし
「砂糖はなしで。それから、話があるからこっちへおいで」
わたしは圭吾さんにティーカップを渡した後、自分のカップを手に、圭吾さんの横に座った。
わたし達の向かい側には、伯母様と彩名さん。
「結婚は、志鶴の二十歳の誕生日が過ぎてから。当分、正式な婚約はしない」
圭吾さんはぶっきらぼうに言った。
「揉めてた割に、もうそこまで決まったの?」
わたしは驚いて言った。
「僕が叔父さんの条件を全部飲んだからさ。僕としては、君の高校卒業と同時に結婚したかったし、なるべく早く正式に婚約したいと思ってた」
「よく分からないんだけど、『正式な婚約』って?」
「結納のことよ、志鶴ちゃん」
伯母様が言った。
「お婿さんの側から、縁起のいいお品物をお嫁さんの家に納めて、両家で結婚の約束を交わすのよ」
「僕が保護者だけど、まさか自分で自分に結納を納める訳にもいかないしね」
圭吾さんがぼやいた。
「それ、そんなに大事なの?」
「特に結納金がね」
彩名さんが茶化すように言った。
「女性側の婚約破棄は倍返しだったわよね。いったいいくら積む気でいたのかしら?」
「黙れ、彩名」
圭吾さんは唸るように言った。
よく分からなかったけれど、どうやら圭吾さんは何かズルをしようとしていたらしい。
「困った人」
わたしは笑いながら、圭吾さんの肩に頭を寄せた。
圭吾さんは不満みたいだけど、二人の関係をゆっくり進めたいわたしにはちょうどいいわ。
「手を繋ぐところから始める約束よ?」
わたしがそう言うと、圭吾さんはわたしを抱き寄せて頭のてっぺんにキスをした。
「分かってる」
「でもね――」
わたしは圭吾さんの耳元にそっと囁いた。
きっといつか、二人っきりでキスをしようね。
龍たちが帰るあの裏庭で。
ーfinー
最後までおつきあい、ありがとうございました。




