真夜中の裏庭で 4
圭吾さんはピタリと動きを止めて、わたしを見返した。
「そこまでの力はないよ。ただ――いや、やはり中で話そう。長い話だから」
そう言うと圭吾さんは螺旋階段を上り、わたしは素直に後ろからついて行った。
圭吾さんの部屋に戻り、さっきまでわたしが寝ていたソファに座らされた。圭吾さんは、温かいタオルでわたしの足を拭いて体を毛布でくるむと、わたしの前の床にひざまづいて座った。
「初めて会った日の事、覚えてる?」
こっくりとうなずく。
「あの時、志鶴はよっぽど驚いたんだろうね。普通なら人の心にあるはずの防壁が全部吹っ飛んでしまっていて、君に触れた途端に君の心が全部僕の中に流れ込んで来たんだ」
「全部?」
「全部だ。君の恐れも、悲しみも、希望も。君の心は美しかったよ。どれもこれも水晶みたいにキラキラしてた。そして、純金のような色した温かい愛情があって、君のご両親がいて、友達がいて、うちの母がいて、彩名がいた。彩名は叔母さんに――君のお母さんに似てるんだね。もちろん僕はいなかった」
圭吾さんは、口元をキュッと引き締めた。
「自分勝手で、預かる従妹の事などすっかり忘れていた男だもの、当たり前だ。でも、僕は君の心の中に僕の事も入れてほしかったんだ」
「それで、あの後あんなにわたしの機嫌をとったの?」
「そう。でもそれだけじゃなくて、君といると僕がここ何年も抱えてきた恨みや憎しみが薄れていった。そして、君が言ったんだ。『恨んだり嘆いたりするには人生は短すぎるし貴重すぎる』って。僕は――僕は思ったんだ。志鶴と一緒ならまともな人間に戻れるかもしれないって。愛した人や敬愛してきた人を呪うのではなく、幸せを願えるような人間になれるんじゃないかって」
圭吾さんは言葉を切って、わたしの膝に頭を乗せた。
「志鶴に愛されたいんだ」
わたしは毛布の間から手を出して、圭吾さんの髪に触れた。
「夜になると目が覚める」
圭吾さんはわたしの膝に頭を乗せたまま言葉を継いだ。
「志鶴は僕の心が生み出した幻で、この数ヶ月は夢じゃないのかって不安になる。君に会える朝が待ち遠しくてたまらない」
「圭吾さん」
「ん? 何?」
「わたしが必要?」
低い笑い声がわたしの膝を震わせた。
「今まで僕の情けない告白の何を聞いていたの? 僕以上に志鶴を必要としている奴はいないと思うけど」
そうなの?
わたしはあなたを幸せにできる?
「じゃあ、ここがわたしの居場所なんだと思う」
わたしの言葉に、圭吾さんが顔を上げた。
「本当に?」
圭吾さんは食い入るようにわたしを見つめた。
「うん」
「ずっと僕の側にいてくれる?」
「いるわ――えっ? わっ!」
いきなり押し倒されて仰天したわたしの上に、圭吾さんの体が重なった。
「け、け、け、圭吾さん?」
「何?」
「分かってるだろうけど、わたし 男の子と付き合った事ないんだけど」
圭吾さんはニッコリと笑うと、わたしのこめかみから指を差し入れて髪を撫でるようにすいた。
「知ってるよ。優しくするから」
うわぁ――――――っ!
そうじゃなくてっ! キスしたこともないんだってばっ!
圭吾さんの指がわたしの喉をたどり、鎖骨を撫でる。
ちょっと待って! いきなりすぎるっ!
身を振りほどこうにも、体格差がありすぎてびくともしない。
嘘っ!
パニックになったわたしは、見事にもブラックアウト
――失神してしまった




