真夜中の裏庭で 3
たくさんの龍がいる。
海の底のお城で、王様の回りを取り囲むように。
王様は顔を覆って泣いていた。ママが死んだ日の親父のように。
泣かないで。わたしが側にいてあげるから。
差し延べた手に顔を上げた王様の顔は、圭吾さんに似ていた。
はっと目が覚めた。夢を見ていたんだ。
暗闇に目が慣れてくると、自分の部屋じゃない事に気づいた。圭吾さんの部屋の一室だ。見慣れたソファ。ベッドにできるようになってたんだ。でも、どうしてここにいるんだろう?
枕元に置いてあった金魚のぬいぐるみを抱きしめた。
死なない金魚――
圭吾さんがわたしにくれた約束
ずっと一緒にいようという約束
わたしはこれにどう応える気?
カーテンのすき間から差し込む月の光に誘われ、わたしは外へ出た。
テラス窓を開け、螺旋階段を降り、龍たちのいない夜の裏庭に。
月明かりの中、岩の上を流れる水の音の他は物音ひとつしない。静寂で平穏。世界中で、自分が一人ぼっちだという気分になる景色だ。
濡れた草の上を歩きながら考え続けた。
圭吾さんのどこが問題なのかという彩名さんの問いかけを。
『誰のものでもないのなら僕のものにしてしまって何が悪い?』という圭吾さんの言葉を。
本当は分かってる。
圭吾さんを『お兄さん』に分類してしまう方が、わたしにとっては楽なんだ。
ただいるだけで可愛がってもらえるから。優月さんと比べられる事がないから。
わたしは卑怯?
でも怖いもの。
大切な人はいつもわたしを置いていく。圭吾さんに心を明け渡して、置き去りにされたらどうしたらいいの?
その時、
闇の向こうからわたしの名を呼ぶ圭吾さんの声が聞こえた。
最初はどこから呼ばれているのか分からなかった。返事をしそびれていると、圭吾さんの声の調子が変わった。焦ったような声で何度もわたしを呼んでいる。
ああ三階のテラスから呼んでいるんだ。
「圭吾さん? 下にいるわ」
答えた途端にものすごい音がして、駆け降りたのか転がり落ちてきたのか分からないくらいの勢いで圭吾さんが階段を降りてきた。
驚いてその場に立ちつくすわたしの姿を見た途端、圭吾さんは片手で顔を覆って階段に座り込んだ。
「ここにいたんだね」
圭吾さんの声は奇妙なほどかすれている。
「夢を見て目が覚めたの」
「怖い夢?」
「ううん。海の王様が龍に囲まれて泣いている夢」
「ああ、それは竜城神社の龍神だよ。人間の花嫁に逃げられたんだ。泣きたくもなるだろう」
「側にいてあげるから泣かないでって言ったら目が覚めたの」
「何だって!?」
圭吾さんは、ギョッとしたように顔を上げた。
「志鶴! 簡単にそんな事言うんじゃない。竜城の龍神はお伽話ではないんだ。連れて行かれるぞ」
「夢の中だったんだもの」
わたしはブツブツと言い訳をした。
「ああ、もういい。朝になったら僕が自分で言い訳に行く。花嫁人形を奉納して許してもらおう」
ゴメンね。
わたし、手間ばかりかけさせてるみたい。
「あのね、圭吾さんに似てた」
「先祖だからね。その逃げた花嫁の産んだ龍神の子供が、羽竜の始祖だと言われている」
それから笑い出しそうな声で、『泣き落としに弱いとは思わなかった』って言った。
「おいで。もう入ろう。草で足が濡れたんじゃないのか? 風邪引くぞ」
圭吾さんの方こそ裸足のくせに。
わたしはもう一度月明かりの庭を振り返った。
「本当にみんなどこかへ行ってしまったのね」
「二日もすれば戻って来るよ。君を置いて行ったりしないから安心して」
何だろう?
何かがひっかかる。思い出せそうで思い出せないような、もどかしい気がする。
わたしが近づくと、圭吾さんは立ち上がった。
わたしは圭吾さんを見上げ、そして――
「圭吾さん?」
ねえ、そうなの?
「ん? どうした?」
パズルのピースがピッタリとはまるように、気づいてしまった。
「わたしの心を読んでる?」




