真夜中の裏庭で 1
日は沈んだものの、夏至前夜の夜空はまだ明るかった。
「露店が出てるから行ってみる?」
圭吾さんがそう言った。
お祭りの縁日なんて何年ぶりだろう。中学生の間は一度も行かなかったのは確か。
そう言うと圭吾さんは驚いたような顔をして、
「友達と行かなかったの?」
と聞いた。
「うん、なんとなくね」
「僕もしばらく露店めぐりはしてないよ。二人とも久しぶりってことだね」
手をつなぎ、わたし達は人込みの中に繰り出した。
白熱灯の光りに照らされた縁日の景色は、古い時代の写真のようだった。
わた飴ほしい。
チョコバナナ、おいしそう。
圭吾さん ねえ、あれ何?
「志鶴、お腹こわすよ」
圭吾さんがおかしそうに注意する。
「お腹こわしてもいい」
そして、圭吾さんや彩名さんに心配してもらうの。
「金魚すくいは?」
「連れて帰って死んでしまったら嫌」
「じゃあ死なない金魚を取ろう」
圭吾さんは射的の棚の、変な金魚のぬいぐるみを指差した。
笑いころげて、
圭吾さんの腕にしがみついて、
楽しい。
とっても楽しい。
「そんなに気に入ったなら、また一緒に来よう。お盆にも花火大会があって露店が出るから」
圭吾さんは、金魚のぬいぐるみをくれてそう言った。
途中で何度か友達とすれ違い、手を振って挨拶をした。
「わたしには圭吾さんがいるからいいの」
「ん? 何?」
わたしは、問い掛ける圭吾さんに笑顔を返した。
「ほら、みんな家族や彼氏と歩いてるでしょ? 今日は圭吾さんと一緒でよかったなって」
「僕も志鶴と一緒でよかったよ」
圭吾さんは、さっきすれ違った優月さんと校長先生の事を思っているのかもしれない。露店の明かりに照らされた優月さんはホントに綺麗だった。
「志鶴が望めばずっとこうしていられるよ」
圭吾さんは冗談めかして言うけれど、圭吾さんは今でもあの人が好きなんじゃないのかな。
優月さんとのことを乗り越えるために、わたしを必要以上に可愛がっている気がする。圭吾さんがわたしを必要だって言ってくれるのはいつまでだろう。
「ずっと妹でいたい」
思わず言葉がこぼれた。
「だめだよ」
圭吾さんは目を伏せた。
「妹だったら誰かにとられてしまう」
「どこにも行かない。誰も好きになったりしない」
「そう? だったら志鶴は僕のものだね?」
あれ? どうしてそうなる?
しまった! 圭吾さんの方が何枚も上手だって事、忘れてた。
「えーと……圭吾さんのものって訳じゃないと思う」
わたしは、しどろもどろになりながら言った。
「じゃあ誰のもの?」
えっ? そんなこと言われても
「誰のものでもない……よ」
「誰のものでもないなら、僕のものにしてしまって何が悪い?」
「えーと……」
「志鶴」
「はい?」
「悪あがきはやめなさい。ますます墓穴を掘るぞ」
完敗。
圭吾さんが逃がしてくれるうちに、退却した方がいいみたい。




