黄昏の光 4
肩にそっと手を置かれて飛び上がった。
「お疲れさま」
ああ、圭吾さんか。
「負けちゃった。でも楽しかったぁ」
「彩名から預かってきたよ」
ふわっとかけられたのは薄物の羽織。圭吾さんが袖を通してきちんと着せてくれた。
外国の映画ならね、コートを着せかけてもらう女性ってセクシーな大人の女性だけど、今のわたしは手のかかる子供みたい。
「あれ?」
圭吾さんは、わたしの体をくるっと回して自分の方に向けた。親指がわたしの左の頬骨をなぞる。
「ケガしてる」
「スタートの時、ユキの羽がかすったからかな。痛くはないよ」
「ならいいけど。もうすぐ日没だから見に行こう」
「ユキはどうするの?」
「あいつらは今日は放っておいていいんだ――美月ちゃん、優月は裏参道で待ってるってさ」
「はい。三田先輩またね。約束忘れないでね」
それはこっちの台詞だよ。
圭吾さんが怪訝そうな顔をしたけど、内緒。
「ああそれと大輔、志鶴には勝手に話しかけるな」
「何だよ、それ」
大輔君は腰に手をあて、挑むような目で圭吾さんを見上げた。
「志鶴は羽竜本家の客で、僕の従妹だ。お前のじゃない」
「ふーん。兄貴に優月とられたから用心してんだろ」
圭吾さんがスッと目を細めた。本気で怒ってる。
大輔君、ヤバいって!
「その通りだ」
圭吾さんが大輔君の胸に人差し指を突き付ける。
「分かっているなら口を慎め。司が何年冷遇されてきたか分かってるだろう?」
「言われなくたって、そんな女に興味なんかねーよ!」
「『話しかけるな』と言っただけだ。志鶴に興味なんて持ってみろ、ただではすまないぞ」
圭吾さんはわたしを引き寄せた。目の前がキラキラ光る。
えっ? 待って! これって?
圭吾さんの片手がカーテンでも開けるような仕種をして、目の前の景色がグニャっと歪んだ。
おわぁ―――っ!
叫ぶわたしを連れて、圭吾さんは透明な幕に入って行った。
目が回る。目が回る。いきなりひどいよ、圭吾さん。
涙目で文句を言うと、圭吾さんは『ごめんごめん』って言ったけど声が笑ってる。
圭吾さんのバカ。でも、もう怒ってないみたいだからいいや。
「ここどこ?」
「神社の裏参道だよ」
鳥居が一つ海に向かって立っている。鳥居の近くに人が集まっていた。鳥居の向こうは崖だ。
「参道って道があるものじゃないの?」
「道はこれからできるんだ。ほら、海から突き出ている大きな岩が二つあるだろ? あれを見ていて」
ゆっくりと海を染め上げながら太陽が沈もうとしている。
まだ足がふらつくわたしは圭吾さんにもたれかかるようにして海を見ていた。
日が海に沈むその瞬間――
あっ!
太陽が二つの岩の間に沈む。そこから鳥居を通り神社の社殿へと、光が道のように真っすぐとつながった。
そしてバタバタとものすごい音がして、龍が、龍たちが、いっせいに海に向かって飛んでいく。
「圭吾さん、あれ!」
「うん、竜宮の門が開いて龍神が社に降りたんだ。そして龍たちは竜宮に帰るんだよ――まあ実際のところはあいつらの繁殖期で崖に向かうだけなんだけどね」
「そうなの? でも、キラキラ綺麗」
龍たちの翼が夕陽をはじいて光っている。
「本当、綺麗だ」
圭吾さんの声が耳元で聞こえ、左側の頬に何かが触れた。
えっ? 何? わたし頬にキスされてる?
さっき、ケガをしてると指でなぞられたところに、圭吾さんの唇が触れている。
ほんの一瞬で、そっと触れるだけのキスだったのに、心臓が止まりそう。
慌てて、体ごと振り向いて圭吾さんの胸に顔をうずめた。圭吾さんはわたしの髪をなでながら何かつぶやいた。
『前途多難だな』って聞こえたけど、
何のこと?




