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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第1話 裏庭に龍?な はじまり編

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夜明けの嵐は突然に 2

「志鶴ちゃん、いらっしゃい。あらまあ、すっかり大きくなって」

 ママのお姉さんだという貴子伯母さんは少しふっくらとした穏やかそうな人だ。

「小さな頃に何度か会ったのよ。でも、覚えていないでしょうね……」


 わたしは頷いた。


 ママが亡くなったのは、わたしが小学生の頃だ。小さかったせいもあるけれど、母親を失ったショックのせいか、その頃の記憶はところどころ飛んでいる。

 伯母さんに会った記憶はなかった。

 従姉の彩名さんとは初めて会ったらしい。彩名さんは二十三歳。物腰は上品だけど、陽気でおしゃべり。人形作家の卵なんだそう。

 もう一人の従兄は、彩名さんの弟で圭吾さん。

「ごめんなさいね。圭吾は仕事で外出していてまだ帰って来ていないの」

 伯母さんがすまなそうに言った。

「ちゃんとお出迎えするように言っておいたのだけれど」


 ん? 会社員じゃないってこと?


「うちは自営業なの」

 彩名さんが言う。

「父が亡くなって、あの子が仕事を継いだのよ。ちょっと気難しい子だけれど、気にしないであげてね」


『はい』とは答えたけど、怖いお兄さんだったらどうしよう


 そして、最初に出迎えてくれたお婆さんは和子さん。

 伯母さんとママの乳母をしていた人だって。伯母さんのお嫁入りにくっついて羽竜家に来たらしい。


 ママってお嬢様だったんだ!


 後は通いのお手伝いさんが何人かと、敷地の管理人のおじさんがいるとかで……


 うわぁん どんだけご大層なおうちなの?


 なのに親父は、わたしの事を簡単に伯母さんに話した後、『よろしくお願いします』の一言であっさりと一人娘を置いて帰って行った。


 ちょっと!

『伯母さんの言うことをよく聞くんだぞ』

 娘のわたしに言うことはそれだけ?

 バカ親父!

 涙の一つくらいこぼしたっていいでしょう?


「大丈夫よ。お父様は元気で帰っていらっしゃるわ」

 伯母さんがそっと手を握ってくれた。

 無言でうなずいてみたけど、別れが悲しいっていうよりも、ほぼ見ず知らずのお家に放り込まれた不安の方が強い。


「さあ、まずはお部屋に案内するわ!」

 彩名さんが明るく言った。

「洋室の方がよろしいわよね?」

「えっ、洋室あるんですか?」


 思わず訊く。


「そうよね。どうみても武家屋敷ですものね」

 彩名さんも苦笑い。

「でも祖父の代に、三階建ての建物を増築しているの。全部洋室よ。一階に図書室とわたしのアトリエがあって、あなたの部屋はわたしと同じ二階に用意したわ。三階は全部弟の圭吾が使っているの」

「ええと……その圭吾さんがこの家のご主人なんですよね?」

「そうよ。三年前に父が急に亡くなって、全てがあの子の肩に乗ることになってしまったの。忙しい子だから、顔を合わせる事は少ないと思うわ」


 よかった。

 なるべくひっそりと邪魔にならないようにしよう。


 二階の渡り廊下を通り、彩名さんが案内してくれたわたしの部屋は、今までの自分の部屋よりずっと広かった。

 造り付けのクローゼットがあって、家具はベッドと机と椅子だけ。あまり飾りっ気のないシンプルな感じの部屋で、ほっとした。


「好きに使ってね。足りない物があれば用意させるわ」

 彩名さんはニッコリと微笑んで言った。

 どこか懐かしいような笑顔――ああそうだ。

 ママの笑顔だ。

 小学生の時に病気で逝ってしまったママは、どんなに苦しくてもいつも笑顔を絶やさない人だった。

「彩名さん、彩名さんのアトリエって見せてもらっていいですか?」

 彩名さんともっと話したくて、わたしは思い切って言ってみた。

「もちろんよ! じゃあ、下でコーヒーでもいただきましょう」

 わたしは荷物を部屋に置いて、彩名さんの後について廊下に出た。

 彩名さんの部屋は廊下を挟んで斜め向かい側。

 他にもドアがいくつかあって、その間に一階へ下りていく階段がある。


 三階へ行く階段ってどこだろう?


 ちょっと気になったけど、わたしが使う事はないからと思ってきけなかった。



 彩名さんのアトリエは、一階のほぼ半分を占める広さだった。

 部屋の真ん中に大きな作業用のテーブルがあって、壁いっぱいに生地などの材料を納めた棚が造り付けられている。


 反対側の壁には大きなガラス張りの棚。

 彩名さんが作ったという人形が色々なポーズをとっていた。

 他に、市松人形がいくつもあって、こっちは彩名さんのコレクションらしい。


「市松人形、お好きなんですか?」

「そうなの。いつかは自分でも作りたいと思っているのだけれど、こういう動きのないお人形の方が難しいのよ……そういえば志鶴ちゃんって市松人形みたいね」

「ああ、この髪のせいですね」


 わたしの髪型は前髪の短い黒のロングストレート。


「きれいな髪よね。染めたりしたことないでしょう?」

「ええまあ」


 別にポリシーがあるんじゃないけどな。


 髪型整える時間がないだけ。

 それと気力がないだけ。

 さらに、そんなスキルがないだけ。


 ここにいるうちに、彩名さんみたいなフワッとした茶髪になれるかな。


「そのままで十分かわいくってよ」

 わたしの考えを読んだように彩名さんが言った。

「コーヒーを入れて来るわね。座ってゆっくりお話しましょう。志鶴ちゃんの事を教えてちょうだい」

 彩名さんはわたしに椅子を勧めると、アトリエから続き部屋になっているミニキッチンにコーヒーを入れに行った。


 一人になって、椅子に座ったまま周りを見渡していると、目の端で何か光った。


 何かがおかしい。


 空気自体が薄い幕になって向こう側が透けているような、目の前にスクリーンがあって、そこに向こう側の光景が映っているような――

 すると、本当に目の前の景色がグニャっと歪んで、目に見えない透明なカーテン(にしか思えない!)の間から男の人が出てきた。


 幽霊?!

 ううん 脚はある

 二本

 とっても長くて素敵な脚が

 ええと……顔も素敵

『イケメン』っていうより『美形』って言ったほうがいいかも


 その人は驚いて硬直しているわたしに気づくと、『驚いたな』と、つぶやくように言った。


 驚いているのはこっちだってば!


「本物みたいだ」


 片手がスッと伸びてきて、わたしの頬に触れる。


 ええええっ! ちょっと待って! 何?


 暖かい手は、そのままわたしの頬をこめかみまで撫で、髪の間に指を差し込み、肩のあたりまでそっと撫で下ろした。


 わたし、多分ものすごい悲鳴をあげたと思う。

 悲鳴なのか金切り声なのか分かんないけど。彩名さんが飛び込んで来たとこみると、絶叫したのは確か。


「圭吾? あなた何をしたの?!」

 わたしをかばうように抱き寄せると、彩名さんがきつい声で問い詰めた。

「ゴメン。生きていると思わなくて」

 男の人は、決まり悪そうに前髪を掻き上げた。

「まばたき一つしないから、彩名の人形かと思ってさ」

「思って――何?」

「髪を触った」


 頬もですけどぉ~


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