黄昏の光 3
竜田川美月の妄想の爆走を止めてくれたのは、『子供の部始まります』というアナウンスだった。
「行かなきゃ! 三田先輩、早く早く!」
「私たち『子供の部』なの?」
「何言ってるんですか。違いますよ。見に行くんですってば!」
無理やり手をひっぱられ、仮設テントの裏に連れて行かれた。
先客が何人かいる。
どうやら木立の陰から闘龍場が見られる場所らしい。
「中学生以下は『子供の部』なんです。わたし、去年まで三年連続優勝だったんですよ」
そいつはすごい。
「で、今年の優勝候補は中三の羽竜大輔。わたしの幼なじみで闘龍のライバル」
「また羽竜なの?」
勘弁してよ。親戚軍団。
いささかげんなりしてそう言ったが、美月は全く気付かない。
「そうですよ。司先生――じゃなかった、校長先生の一番下の弟ですから、先輩とは義理の従弟ですね!」
「ねえ、聞くの怖いんだけど、校長って何人兄弟?」
「男ばかり5人です」
すごっ! ウルトラ兄弟より少ないだけまだましか。
美月の説明によると、子供用の闘龍は障害の種類は大人と変わらないが距離が短いのだという。
龍たちは、まだ小柄な男の子や男の子より背の高い女の子の左腕にちゃんと留まっていたが、赤と白と黄色の龍ばかりだ。
「青龍――といっても緑なんですけどね――は気性が穏やか過ぎて闘龍には向かないんです。黒は躯体が大きくなりすぎるので大人の男性じゃないと制御できません。で、一般的にあの三種が使われるんです」
「竜田川さん、さすがに詳しいのね」
「お姉ちゃんにできなくて、わたしが得意なものって闘龍だけなんです。あっ誤解しないでくださいね。お姉ちゃんは大好きですよ。でも、やっぱり全敗となるとキツイじゃないですか」
あんたは、お姉さん似の美貌があるだけまだましよ。優月さんを見た後のわたしなんて、地下深くまで落ち込みそうになったわ。
合図の太鼓が鳴ると、会場はどよめきに包まれた。
龍たちが一斉に飛び立つ。
最初に掲げられた三枚の扇を鼻先で落とし、急上昇。壁を飛び越え、今度は急降下。池に浮かべられた球をくわえて取り、池の向こうの竹カゴの上を通り抜ける瞬間に中に落とす。
再び壁を飛び越え、次の壁は下をくぐり抜ける。
壁は、繰り返し三枚。
壁と壁の距離は微妙に違う。タイミングを笛の音で教えるのは龍師の務めだ。
途中で龍と龍がぶつかり合う。
躯体の小さいものははね飛ばされて水をあけられる。ぶつかりどころが悪いと、羽が傷ついて落下――龍師が助けに行って棄権扱いとなる。
壁の障害が終わると、次は等間隔で立てられた旗のポールの間をスラローム。
「大ちゃんの龍は先頭の赤龍なの」
見れば、赤龍と黄龍が先頭を争っている。そのすぐ後ろをもう一頭黄龍が追いかける。
旗の林が終わると再び降下、曲がりくねったトンネルを龍は飛ぶ。翼を側壁にぶつけやすい一番の難所だ。
そしてトンネルを抜け、最後はひたすら長い長い直線の距離を飛ぶ。
「行けーっ! 大輔ーっ!」
美月が草むらに突っこんでいきそうな勢いで声援を送った。
「行けーっ! 大輔ーっ!」
こぶしを握り締めて見ていたわたしも、思わず叫ぶ。
会場のあちらこちらからそれぞれに声援がとんでいる。
抜きつ抜かれつ龍は飛び続け、最後にゴールの大扇を落とした者が勝者となる。
赤? それとも 黄?
龍の絵の描かれた青銀の大扇が落ちた。
「ぃやったぁ―――っ!!」
美月の歓声が鼓膜を痛いほど震わせたけど、わたしは美月と抱き合ってとび跳ねた。
その後の大人の闘龍でわたしとユキは完走するのがやっとで、優勝は竜田川美月と彼女の赤龍だった。
負けたのはかなり悔しいけど、確かに美月はすごかった。
「おめでとう」
って、片手を差し出すと美月はニッコリ笑って握手してくれた。
「三田先輩も、初めてにしては悪くなかったですよ。面白かったでしょ? 来年もやりましょうよ」
「やる。次は勝つからね」
「無理じゃない? 来年からはオレも参加だから」
生意気そうな声がした。
龍師装束の男の子が、腕を組みながら立っている。背はまだちょっと低いけど、なかなかの美少年。
「大ちゃん! おめでとう。すごい試合だったね」
美月が男の子に抱きついた。
「美月がいないんだもの、大したことねぇよ。来年こそはオレが勝つから」
ああ、この子がさっきの、闘龍の子供の部の優勝者か。やっぱり羽竜の血筋って美形ぞろいなんだな。美月と並ぶと陶器の人形みたい。
「あれ? あんた、本家に来てるお姫さんじゃないの?」
「お姫さんじゃないけど、羽竜本家の居候よ」
と、小生意気なガキに答える。
「美月ぃ、目の敵にしてたのに何仲良くなってんだよ!」
「だって、お姉ちゃんと圭吾さんが別れたのってこの人のせいじゃなかったの」
「だけど、こいつ圭吾と結婚するんだろ? いいのかよ。圭吾のこと好きなんじゃないのか?」
えーと、結婚するって決まった訳じゃないんだけど。さらに言えば、失恋で支えてくれる年下の男の子が必要なのは美月の方だったわけ?
「なに誤解してんのよっ!」
美月が怒った。
「わたしはお姉ちゃんと圭吾さんのカップルが好きなのよ。わたしは同じ年で、イケメンで、ちょっと強引で、わたしにベタ惚れな彼氏が理想なんだから!」
美月……『同じ年』を取れば目の前に理想の彼氏立ってるけど。
余計なお世話か。




