黄昏の光 2
優月さん?
ああ……圭吾さんの恋人だった人だ。
柔らかな巻髪のロングヘアーに、オフホワイトの細身のスーツを着たその人は、まるで祈りを捧げるように胸の前で指を組んでいた。
きっと綺麗な人だろうと想像していたけれど、優月さんの美しさはわたしの予想を遥かに超えていた。それは彩名さんのようなふんわりとした優しい美しさではなく、冴え渡るような美しさだった。
すれ違った人が全員振り向くような。
こんな綺麗な人と圭吾さんは付き合っていたんだ。
そりゃあフラれたら落ち込むよね。
っていうか、こんな美人の後で、なぜわたしみたいなのを選ぶ訳? 圭吾さんの気が知れないわ。
「あーら、三田先輩。今日も保護者同伴ですかぁ?」
間延びしたイヤミな言い方――げっ! 竜田川美月!
「あんただって同伴じゃないの」
言い返すと、
「うちは姉です」
「わたしだって、圭吾さんは親じゃないわよっ!」
言い合っていると圭吾さんがポツリと、
「なんだ意外と仲がいいんだな」
と言った。
「よくないっ!」
わっ! 美月とハモった。
「美月ちゃん、人前でやめてちょうだい」
優月さんが困ったように言った。
ずるい。声まで綺麗。不公平じゃない?
「見ている方は面白いけどね」
圭吾さんはクスクス笑って言うと、龍のケージを所定の場所に置いた。
つないでいた手が離れ、思いがけず不安な気持ちになる。
「そういえば結婚式の日取り決まったんだって?」
「え、ええ……十月に」
「おめでとう」
「ありがとう……」
優月さんは、ちょっとためらってから言葉を続けた。
「司さんと仲直りしてくれたんでしょう? その事も感謝してるわ」
司さんって――校長?
ええええーっ! 優月さんの相手って校長だったのぉ??
じゃあ圭吾さんと校長先生の仲たがいの原因って――
そうか……そうだったんだ。
「感謝されるような事じゃない。もっと早くそうすべきだったんだ」
圭吾さんは落ち着いた声で話してる。
でも、つらくない?
圭吾さんの指はケージを握りしめている。
わたしは圭吾さんに近づいて、服の裾を引っ張った。圭吾さんは微かに微笑むと、ケージから手を離してわたしの頭を撫でた。
「で、その司はどこ?」
「実行委員席にいるわ。わたしもそろそろ行かなきゃ。圭吾も行く?」
「さっさと行ってよ」
美月が口を挟んだ。
「わたしは誰かさんと違って保護者なんて必要じゃないから」
うわー 相変わらずイヤミったらしい子ね。
「失礼ね! わたしだって――」
言いかけたわたしの口を圭吾さんの手がふさいだ。
「志鶴には僕が必要だよ――悪いけどこの娘の支度をしてから行くから、お先にどうぞ」
立ち去る優月さんを見送ると、圭吾さんは体を屈めてわたしの耳元にささやいた。
「そして僕には志鶴が必要だ」
その後、散々わたしの世話を焼き、後で迎えに来るからと言い残して、圭吾さんはやっと控所を出て行った。
ああ、ちょっとグッタリ。
「すっごい猫可愛がりね」
何よ~ 竜田川美月。またケンカを売る気?
「嫌にならない?」
「ちょっと気まずい時はあるわね」
わたしはそう答えて、美月から少し離れた場所に座った。
「でも、わたし一人っ子だから、お兄さんができて嬉しいって気持ちの方が強いかな」
「え、え――――――っ?!」
「な……何よ」
竜田川美月は突進して来た。
「あなた、圭吾さんの何?」
思いっ切り詰め寄られて、わたしは体をのけ反らせた。
「……従妹だけど?」
「親が決めた婚約者じゃないの?」
何だ、その韓流ドラマ設定。
「ええと、確かに結婚って話は出てるけど……婚約はしてないよ?」
「じゃ、お姉ちゃんはどうして圭吾さんと別れたの?」
知らないわよ~
「わたしのせいじゃない事は確かよ。ここに来るまで圭吾さんに会った事ないもの」
「信じらんない」
竜田川美月はわたしの横にドサッと座った。
信じらんないのはこっちだけど。
「彩名さんは、圭吾さんが家の仕事で忙しくなって自然消滅したように言ってたよ」
「あの二人、すごく仲よかったんだよ」
美月は、ハァーっとため息をついてうなだれる。
「結婚決めるくらいだもの、校長の方がいいって事じゃないの?」
「圭吾さんの方がいいよぉ」
それはあんたの意見でしょうが!
「で、噂を信じてわたしが婚約者だと思ったんだ」
「うん。本当に従妹なの? この辺で見たことない気がするんだけど」
「母親同士が姉妹。うちの親、駆け落ち婚だから親戚とは疎遠だったのよね」
「分かった! あなたと結婚すると見せかけて、お姉ちゃんにヤキモチ妬かせて『やっぱり圭吾が好き』って気づかせる作戦なのよ!」
妄想はそこまでにしておけって!
「でも、お姉さんの気持ちは変わらないみたいじゃない? もうあきらめたら?」
そして、わたしをイビリ倒すのやめてよ
「結婚式当日に圭吾さんが結婚式をぶち壊して、お姉ちゃんを教会から連れ出すとか」
こりない子ね!
「その時は私たちで、二人を逃がしてあげましょ」
「ホント? いいの?」
「ただし、あんたが自分で結婚式をぶち壊したら、龍の餌の中に頭から突っ込むからね」
「分かった。そんな事しないって約束する」
よし! これでイヤミ攻撃から解放される。
「あ……でもあなたは失恋しちゃうのね?」
「いや、圭吾さんはわたしにとっては『お兄さん』だから」
「淡い初恋、苦い失恋、その時に支えてくれる同級生の男の子――『これからはオレがオマエを守ってやる』」
ちょっと、やめてよ。
「同級生の男の子はいらないから」
「後輩の男の子の方がいい? 紹介しよっか?」
「それもいらないっ!」
「『男なんて好きになるからよ』――妖しい美貌の親友にいきなりキスされる……」
誰かこの子止めてよーっ!




